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Wir sind dann wohl die Angehörigen 誘拐された父

ドイツ映画 (2022)

ヤン・フィリップ・リーンツマ(Jan Philipp Reemtsma)は、ドイツ最大のタバコ会社リーンツマの創業家リーンツマ一族の一人で、1980年に26歳になった時、父(1959年死亡)の遺言で相続財産の処分が可能となり、会社の株式の自己保有分すべてを売却した。彼はドイツ文学と哲学を学び、ハンブルク大学で博士号を取得し、1984年にハンブルク社会調査研究所(HIS) を設立し、1997年にはハンブルク大学のドイツ現代文学の教授となった。彼は、文学研究、歴史、哲学、社会問題、政治問題などの主題に関する、多岐にわたる膨大な学術書やその他の出版物の著者または編集者となっている。このような学者が、なぜ1996年に誘拐され、それまでのドイツ史上最上額の身代金を要求されたのか? それは26歳の時に売却した株式の金額が莫大なものだったことと、職業柄、犯罪に対する自己防衛対策が弱かったため。当時の為替レートで15億円弱を要求された誘拐事件に対し、ハンブルク州警察は、200人態勢を組んで対応したが、リーンツマの解放よりも犯人の逮捕を優先した対応の拙さにより、誘拐から8日目と、18日目の身代金引き渡しに失敗し、リーンツマの妻アン=カトリン・シェーラー(Ann-Kathrin Scheerer、ドイツでは結婚によって姓は自動的に変わらない)は警察に見切りをつけ、リーンツマが1987年に解決に関与しようとして失敗したハーフェン通り(Hafenstraße)の大紛争〔これも、ハンブルク市の不手際によるもの〕の際の協力者2人と、学者仲間1人に協力を依頼し、33日目にしてようやく解放に成功する。ハンブルク州警察は、自分達が手を引く条件として解放された時の成果は警察のものだとする条件を飲ませていたので、マスコミに大々的に大成功を公表する。この際の体験記は、リーンツマ自身が1998年に出版していたが、誘拐事件が起きた時13歳5ヶ月だった一人息子のヨハン・シェーラー(Johann Scheerer、母の姓を継いでいる)が、2018年に出版したリーンツマとは別の視点での家族の体験記を基に、この映画が作られた。

ヨハン・シェーラー役は、クロード・ハインリヒ(Claude Heinrich)。エンドクレジットでは一番初めに名前が出て来て、その後のどの場面にも、身代金の引き渡しの場面を除き、どこかに姿が映っている。しかし、出演時15歳というのは、実際の13歳5ヶ月と違いすぎ(この年代の顔の変化が一番早くて大きいので)、違和感が大きい。それに、台詞がすごく少なく、演技も多くの映画に出演しているにしては、かなり下手。この映画を取り上げたのは、彼に見るべきものがあったからではなく、ストーリーが珍しかったから。だから、あらすじは、微妙、かつ、重要な会話の紹介がメインになった。なお、台詞の訳には全面的にドイツ語字幕を使用した。事件については、多くのサイトで詳しく語られているが、ここでは、『SPIEGEL』(https://www.spiegel.de/politik/kennwort-ann-kathrin-a-08ffe 7c5-0002-0001-0000-000008916195)と『MOPO』(https://www.mopo.de /hamburg/33-tage-leid-unter-drach-die-reemtsma-entfuehrung-und-welche -rolle-die-mopo-spielte-38202618/)(https://www.mopo.de/hamburg/ham burg-vor-25-jahren-diesen-maennern-verdankt-jan-philipp-reemtsma-sein-leben-38321634/)を使用した。『FOCUS』(https://www.focus.de/politik/ deutschland/der-klient-lebt-verbrechen_id_2524603.html)のように、怪しくてとても使えないサイトもあった〔不特定の個人の執筆に依存する Wikipedia のまん延は、正しい情報の検索を邪魔をするので、公害といってもいい〕

あらすじ

1996年3月25日(月)の学校。13歳という設定とはとても思えない高校生のようなヨハンは、授業中、斜め左後ろに座っている音楽仲間のトビアスから紙を受け取り、そこに書いてあったグループのシンボル・マークが気に入ったので、後ろを向いて 「すごくいい」と言っただけで、教師から注意される(1枚目の写真)。その直後、校内のクラブ(?)・ルームで、エレキギター2人(ヨハンともう一人)、ネックの長いエレキギター(トビアス)、ドラムの4人でロックを演奏し、ヨハンが歌っている(2枚目の写真)。演奏が終わると、トビアスが授業中にヨハンに渡した案(3枚目の写真)〔「Am kahlen ASTE(落葉した枝に)」〕について意見が出る。提案者とヨハン以外は、反対意見もあったが、結局、ヨハンが省略形も 「A.K.A.」も素敵だと賛成し、原案通り通る。なお、写真の下の「J」はヨハンの印。この映画は、彼も目線から捉えられているので、彼は多くの場面に登場し、顔の見えない物もあるので、すべてに印を付けることにした。
  
  
  

自宅に戻ったヨハンは、父ヤン・フィリップ・リーンツマに連れられて父の館に向かう(1枚目の写真)〔林の中の広大な敷地内に、本館と父が研究をして過ごすための館の2つがあり、父の館に行くには、本館を出て、金網で作ったゲートを開け、林の中の小道を歩くのが唯一のアクセス手段だった〕。そして、父の書斎の机に、父と並んで座ったヨハンは、ウェルギリウスがBC42年に書いた有名な詩 『牧歌』 のエクローグIのティティロの言葉 「Quid facerem? neque servitio me exire licebat nec tam praesentis alibi cognoscere divos(私はどうすべきだった? 他の場所では、奴隷から抜け出すことも、これほどまで助けて下さる神々など見い出せなかったのだ)」を読まされている〔この詩を見つけ出しう、かつ、訳すのに1時間かかった〕。ヨハンはエレキギターは準プロ並みだが、ラテン語は全くダメ。「neque servitio me」を、「私も役に立たない」と訳し、父に、「違う、もっと考えて」と言われ、「それは私にも役に立たない」と訳す。父が 「servitio は動詞じゃない」と言うと、「奴隷はまだ存在した」と訳す。さらに、「与格か奪格か?」とラテン語の格変化を指摘され、「私は外に出ることも許されなかった」と訳す(2枚目の写真)〔上の正しい訳と対比すると、少しずつ近づいている〕。父は、「全然できんじゃないか〔Warum ist es so Blut aus einem Stein zu bekommen?/石から血を出すようなもんじゃないか?〕。興味ないのか?」と訊く。「2000年前に死んでる人だよ」。父は、ウェルギリウスの詩を読ませているのは、「今こうして話していることが未だに生きていて、私たちと関連があるかを君に説明しようとしてるんだ」と言うが、ヨハンは全否定し、「僕が欲しいのは明日の4だけ」と言う〔ドイツの成績評価は6段階で、1が優、6が不可/如何に目標が低いか〕。それでも、父は、ウェルギリウスの最後の作品 『アエネーイス』(BC19年に未完のまま50歳で死亡)を渡す(3枚目の写真、矢印)。ヨハンは読むのを拒否して机に投げ出すが、父が 「読むんだ」と断定的に言うと、本を取り上げて館から出て行く〔すぐにゴミ箱に捨てる〕
  
  
  

その日の夕食を終え、ヨハンは部屋でギターを弾き、妻アン=カトリン・シェーラーは自室で仕事をしている〔富豪の妻なので、働いているわけではない〕。そこで、夫は 「ちょっと行ってくる」と妻に言うと、外に出て、金網で作ったゲートを開け、林の中の小道を通って自分の館に向かう(1枚目の写真)。翌朝、ヨハンがベッドで眠っていると、母が背中をさすって起こす。そして、ベッドから体を起こすと、「ラテン語のテストだ」と言って服を着始めると、母が、「ヨハン、私たち、一緒に事件に対処しないと。ヤン・フィリップが誘拐された」と言う(2枚目の写真)。母は、状況について説明を始める。「昨夜、彼がここにいないことに気付いた時、館の方に電話したの。彼は電話に出なかった。だから、館に行ったけど、真っ暗だった。だから、一旦家に戻って探してから、もう一度館に戻った。その時初めて、入口の低い壁の上にメモが置いてあるのに気が付いたの。でも、何が書いてあるかは読めなかった。その上に手榴弾が置いてあったから」(3枚目の写真、矢印)。ここで、リーンツマが書いた『Im Keller(地下室で)』(1998)の中で、実際には何が起きたのかが書かれている。彼は館の玄関の手前のあるシャクナゲの茂みの中でカサカサする音が聞こえ、その騒音は猫や鳥には大きすぎると思った。次の瞬間、1人目の誘拐犯が彼の前に現れ、争いが始まる。彼は、男の目に親指を突っ込もうとするが、2人目の男が彼の頭を壁にぶつけ、鼻と歯が折れた。犯人は、低い壁に、リーンツマの血を塗り、金額の要求と 「警察やマスコミに知らせたら リーンツマの命はない」と警告したメモを置き、その上にメモが飛ばないように、本物の手榴弾を置いた。2人の犯人は彼を縛り、目隠しをし、車のトランクに押し込んだ。連れて行った先は、ハンブルクの西南西約90kmにあるGarlstedt(ガルスシュテット)という小さな村にある孤立した家(4枚目の写真)。
  
  
  
  

「フランクフルトのクリスティアンに電話した。彼は私に、戻って注意深く持ち上げるよう指示した。最初は身代金の額が分からなかった。ゼロの数が多かったから。2000万マルクよ」(1枚目の写真は母からその話を聞かされているヨハン)〔メモを置いた日は3月25日の午後9時~12時の間とされているので、この時点での為替レートは14億4000万円〕そして、3月26日(火)、私服の警察官2名が車から降りてリーンツマ家に向かう(2枚目の写真)〔クリスティアンは、前記の 「警察やマスコミに知らせたら リーンツマの命はない」の警告にもかかわらず、午前0時30分頃 警察の上層部の知人に通報する(映画にはないが、史実)。アンが警察に通報する場面がないのに、警察が翌朝来るのはそのため〕。一方、家の中では、母が学校に電話し、ヨハンはおたふく風邪のようなのでしばらく学校を休むと連絡している。電話が終わると、玄関のチャイムが鳴り、頭の禿げた男が現われる。そして、「ハンブルク警察です。私たちは親族に最も近い世話係です〔映画の本当の題名はここから来ている〕。こんなことになって実に残念です」と言い、コードネームのヴェラとニッケルで呼ぶように依頼する〔映画化にあたり、“失敗者” なので、実名を使うことを拒否されたため〕。その後のアンとの会話は、すべて上官のヴェラが行う。ヴェラは、犯人がかけてくるであろう電話番号を確認し、電話の録音に同意するか訊き、同意書のサインを求める。アンは、古くからの家族ぐるみの友人である弁護士のシュウェンがこちらに向かっているので、訊いてみるというと、ニッケルが携帯を貸してくれる〔家の電話に犯人から電話があるかもしれないので〕。しかし、電話をするまでもなく、ハンブルクに事務所を持っているシュウェンは、すぐに玄関に現れる(3枚目の写真)。シュウェンは、「急ぐ必要はありませんが、オストフは準備ができたらあなたと話したがっています」と言う。オストフは、特別チームのチーフ〔こちらも、最悪の失敗者兼警察の権力行使者なので、実名ではない〕ニッケルが、ヴェラについて、デパートの脅迫犯ダゴベルトと交渉した捜査官だと話す場面が少し後にある。信用のおける 『SPIEGEL』紙の1996.4.28の記事によれば、「ハンブルグ警察は、脅迫者らの殺害予告のため公然と捜査することはできないので、ミシャエル・ダーレキ(Michael Daleki)が率いる200人以上の警官からなる特殊部隊が編成された。彼はデパート恐喝者アルノ・フンケ(「ダゴベルト」)の主任捜査官だった」と書かれているので、両者は同じ人物だ。従って、ヴェラの本名はミシャエル・ダーレキ。ダーレキに関しては、同じ 『SPIEGEL』 の別のサイトに、「フンケの追跡に失敗した警察、特にハンブルクの主任捜査官マイケル・ダーレキに対しては、軽蔑と嘲笑の雨が降った」と書かれているので、この映画でヴェラがお粗末なのは、そのせいかも。それにしても、ハンブルク警察は、こんな重要な事件の指揮をなぜ、国中の笑い者になった人物になぜ任せたのだろう? もう一つの疑問は、どのサイトを見ても、オストフに該当するような人物は出て来ない。また、ヴェラはずっとリーンツマ家に寝泊まりしているが、それで200名もの警官を指揮できるのだろうか? 映画の中ではニッケルがヴェラ=ダーレキのような発言をしているが、実態はオストフ=ダーレキなのかもしれない。
  
  
  

シュウェンが司会を取る形で、彼の右にアンとヨハン、左にヴェラとニッケルが座り、ヴェラはもう一度電話の録音について話してアンのサインをもらう。さらに、郵便物は配達していると遅いので、一家の友人と親戚を除くすべての郵便物を開封することについてもサインをもらう。一方、シュウェンは、シェーラー夫人との合意で、犯人との交渉は自分が行うと宣言する(1枚目の写真)。ヴェラは同意した上で、警察の作った電話で話す内容をプリントした紙をシュウェンに渡すが、①自分は即興が得意、②この内容だと、警察が背後にいることがバレる、と言い自己流に話すことを主張する。サインが終わったので、取り上げず、電話の録音装置などの必要な機材が運び込まれる(2枚目の写真)。その後で、ヨハンがニッケルに2階の部屋の配置を案内し、部屋の中にも入れる。そして、窓から見える建物を指して、「あれが父の館だよ」と説明する。ニッケルから、「君たち、ホントに2軒の家に住んでるの?」と訊かれ(3枚目の写真)、「父は、あそこで働いてる。たくさんの本を持ってて、こっちには入りきらないんだ」と説明する。2人が母屋に戻ると、玄関の前で母と弁護士とヴェラが、新しい人物と話し合っているので(4枚目の写真)、ヨハンは 「あれ誰?」と訊くと、ニッケルは 「ライナー・オストフ。特別チームのチーフ。俺たちの上司だよ」と答える。夕食の場では、チーフはいなくなり、5人態勢に戻る。食事が終わると、2人は持参した毛布を掛けて居間の寝椅子で寝る。
  
  
  
  

そのあと、ヨハンの寝室で母が質問に答える場面が挿入される。「2000万、そんなにあるの?」。「ええ」https://taz.de/ によれば、この時点でのリーンツマの財産は6億~10億マルク(430~720億円)の間だと推定される〕。「誰が、お金渡すの?」(1枚目の写真)。「警察は、専門家による引き渡しが釈放の鍵だと言ってる」。この会話は3月26日(火)なので、ヨハンが期待した釈放日は3日後の29日(金)。母は、「土曜日かも」と言う。最後に、「クリスティアン、来ると思う?」と尋ねると、「こっちに向かってるわ」と言う。そして、夜明け近くになってチャイムが鳴り、ドアを開けに行ったアンが、わざわざフランクフルト〔ハングルクの南南西約400キロ〕から飛んできたクリスティアン・シュナイダー〔夫妻と格別仲の良い友人〕を家に迎え入れる(2枚目の写真)。3月27日(水)の朝になり、家の中は弁護士シュウェンと警察が臨戦態勢に入り、ヨハンに会おうとやって来た級友のトビアスが追い払われたので、ヨハンは家から走って出て行く。「おたふく風邪、大丈夫?」と訊かれ、「うん」と答えるが、誘拐のことは話せないのですぐに別れる。ヨハンが家に戻ると、ヴェラが、9時30分に郵便物の検査で犯人からの手紙が見つかったので、鑑識に回っているとアナ、シュウェン、シュナイダーに話している。シュウェンがコピーを早急に見たいと言うと、タイミングよく封筒を持った男がやって来てヴェラに渡し、ヴェラは中身をすぐアナに渡す。アナは手紙を読むと同時に、中に入っていたポラロイド写真を見て愕然とする(3枚目の写真、矢印)。この時の写真を4枚目に示す(左は、カラシニコフ短機関銃を突き付けられ、3月26日付けのBild紙を持ったリーンツマの公開された全体写真〔ケガをした顔は警察が塗りつぶした〕/右は、封筒の中に入っていた顔が塗りつぶされていない鼻と歯を折られたリーンツマの部分写真)。写真を見ない方がいいと思ったシュナイダーは、ヨハンを誘ってハンブルクの街に出かける。そこで寄ったエレキギターの店で、ヨハンが 「ポラロイドに何が写ってたと思う?」と訊くと、「ヤン・フィリップ。今朝の新聞を持ってたかも」と言い、ヨハンが 「昨日の新聞でしょ」と訂正する。「そうだった。彼がまだ生きてることを証明するための常套手段さ」。
  
  
  
  

一方、家では手紙の内容に準じて話し合いがもたれている。要点をまとめると、①アンは、「アン=カトリン・シェーラーの直接の関与」、がメモに記されていたので、自分がお金を渡しに行くと言うが、ヴェラは自分達も同行すると言う。それに対し、弁護士のシュウェンは、警察の目標は捜査だが、当方の目標はリーンツマ氏の救出だと反対する。しかし、ヴェラはシェーラー夫人を守る必要があると一歩も譲らない。②アンは、メモにあったもう一つの指示、「要求どおり身代金を支払う気があるなら、ハンブルガー・モルゲンポスト〔地元紙〕の各種メッセージ欄に記載しろ」について尋ねると、ヴェラは、編集の締め切りは午後3時だと教え、警察の心理学者のブロックマン〔女性〕の協力を申し出る。③アンは、自分がお金を渡しに行く際、警察ではなく、シュウェンの同行を求め、さっそく無線で加わったブロックマンは、「犯人が同意すれば」と述べ、「どうやって」と訊かれると、モルゲンポストの使用を示唆する。そして、犯人に警戒感を与えないように書く必要があるので、提案するのでアンがチェックするよう求める。参考までに、下のメッセージ一覧https://magazin.spiegel.de/)は、実際にハンブルガー・モルゲンポストに掲載された25個のメッセージ〔この話し合いのあった翌日の3月28日から始まる〕。因みに、左上の3月28日のメッセージは、「Alles Gute Ann Kathrin/Melde Dich mal persönlich/866 36 59」。このうち、最初の「Alles Gute Ann Kathrin(ごきげんよう、アン・カトリン)」は、どのメッセージにも共通のキーコード。次の2行は、「私に直接連絡して/866 36 59」。3月29日は、「連絡して/Fax: 866 36 59/心配しないで」。反応が全くないので、3月30日は、「指示が必要よ/疲れた、もう無理/ゲルハルトが私の代わりになる/彼ならもっと早くできる/連絡して/Fax: 866 36 59〔ゲルハルトは、シュウェンのミドルネーム〕。4月1日は、「そっちの準備ができたら、ゲルハルトはいつでも始められる/連絡して/Fax: 866 36 59」。4月2日は、「教えて、なぜ写真を送ってくれないの?/それ以外はすべてOKよ/連絡して/Fax: 番号を知っるでしょ」。4月3日は、「私たち2人は、何でも望み通りにする/そんなに待たせないで/これちゃんと読んでる?/連絡して/Fax: 番号は知らせたわ」→このあと、犯人側から1回目の指示がある。このように、アンの側から話しかけるには、このメッセージしかない。犯人側からの指示は、FAXで送られてくる。また、電話がかかることもあり、その場合には、アンかシュウェンが対応する   

その日の夕方、ヨハンは母に、写真を見せて欲しいと頼むが、父の無残な顔を見せたくない母は、「今はダメ」と断る。「なぜダメなの?」(1枚目の写真)。「ヤン・フィリップは無力で、疲れてて、ひどい写真なの」。そのあとで、庭に出ると、母はヨハンに手紙を見せる。「これ、ホントにヤンの?」。「サインがあるでしょ〔“Filim”: 名前とは違う独特のサイン〕」。そして、母は手紙を読み上げる。「親愛なるカトリン、親愛なるヨハン、これから何が起こるか分からない。ましてや、次にいつ手紙を書けるかも。誘拐犯からはもう何時間も連絡がない。ここがどこか分かんが、彼らは私をここに置き去りにしたんだろう。そして私をトム・ソーヤーのインジャン・ジョーのようにする気かも。私は、君たち2人をどれだけ愛しているか、そして私たちが一緒に過ごした人生の一瞬一瞬を愛と幸福とともに振り返っていることを伝えたかったんだ。じゃあな、フィリム」(2・3枚目の写真、矢印は手紙)。手紙の中に、トム・ソーヤーとインジャン・ジョーが書いてあったことから、シュナイダーは『トム・ソーヤーの冒険』の洞窟の部分を読んでみる。「洞窟は、丘の中腹の上の方にあって、入口がA字形に開いていた。どっしりした樫材の扉が入口を塞いでいたが、錠は下りていなかった。中には小さな部屋があって、氷室のようにひんやりしており…」。それを聞いたニッケルは、「部屋か、そりゃいい」と言う。「『いい』 って。何が?」。「箱よりいい。十分な広さがあり、書くこともできる。テーブルやイス、それに、光もあるかも」と、リーンツマが監禁されている場所になぞらえて言う。4枚目の絵は、リーンツマが描いた地下室の様子。ニッケルの言葉とよく似ている。
  
  
  
  

それから何日が経過してかは分からないが、初めて指定された番号にFAXが入る。ヴェラが読み上げる(1枚目の写真、矢印はFAX)。「往復には夫のボルボを使え。ルーフに点滅するオレンジ色のライトを置け。金は、ストラップ付きのナイロンバッグに入れろ。ヘリコプターや覆面パトカーを見つけたら、直ちに打切る。今夜から待機しろ。言う通りにすれば危険はない。(弁護士の)同伴は認める」。読み上げた中には入っていないが、アンとシュウェンがボルボで向かう先はバーレンフェルト(Bahrenfeld、ハンブルクの郊外)。ヴェラは、①バーレンフェルトまではわずか15分で行ける、②ボルボにはGPS(発信機)を付ける、③タクシーに偽装したパトカーで2人を②の場所まで運ぶ、というもの。そして、その日か、別の日かは分からないが、夜ヨハン以外がTVを見ていると、電話が鳴る。1996年で装置が原始的なのか、電話を出る前にスイッチを入れたりして時間がかかり、ようやくシュウェンが受話器を取るよう指示される。4月3日(水)午前2時54分だ〔『SPIEGEL』による〕。犯人は、音声を極度に歪める装置を使用しているため、シュウェンには相手が何と言っているのか聞き取るのに苦労する。「いいえ、聞き取れません。もっとはっきり話して下さい。40分しかありません」(2枚目の写真)。相手は、「高速道路バーレンフェルト出口。オスドルファー通り(Osdorfer Weg)とグリューネヴァルト通り(Grunewald Straße)。40分ある」と言って切る。騒ぎに目を覚ましたヨハンが窓から見ていると、シュウェンが、「なんで、こんなに時間がかかったんだ」と文句を言い、国中の笑い者になったダーレキことヴェラらしく、自らの不始末を「そういうものなんです」と平気で肯定する。「計画通りに進めて下さい」。「でも、15分も遅れてる!」(3枚目の写真)〔40分→25分は大きい/なぜタクシーを家の前に待機させておかなかったのか?〕。明け方近くに、戻って来た母が、ヨハンのベッドに行く。ヨハンが 「うまくいった?」と訊くと、母は 「彼らは現れなかった」と言う。「どうして?」(4枚目の写真)。母は、ヨハンが見ていなかったと思い、最初から理由を話す。①警察のタクシーが遅れて到着した。②遠くの基地(Einsatzkommandos der Polizei〔『SPIEGEL』による。バーレンフェルトと逆方向〕)まで連れて行かれ、ボルボを出そうとするが、GPSの配線が間に合わず待たされる。出発する頃には、ほぼ40分が終わっていた〔何というお粗末さ〕。③オスドルファー通りとグリューネヴァルト通りは1つしかなく、通行止めになっていた〔オスドルファー通りは指定されたバーレンフェルト(ハンブルクの西〕にあるが、グリューネヴァルト通りは、バーレンフェルトと逆方向(ハンブルクの東)にある。そんなことも、ヴェラはチェックしなかったのか?〕
  
  
  
  

朝になり、今回の作戦トップのオストフが謝罪に現れる(1枚目の写真)。そして、タクシーに偽装したパトカーの出発が遅れたことを強く詫びる。シュウェンは、「シェーラー夫人と私は、車とお金はここにあるべきだと考えています」と、当然の主張を口にする。オストフが、「お金は安全に保管しないといけません」と言うと、シュウェンは、「ここのセキュリティを強化すれば、危険を減らせます。昨夜起きたようなことを、二度と繰り返してはいけません」と主張を強める。その次にオストフが口にしたことは、彼の指揮官としての失格を体現している。「犯人がなぜ中止したのかは不明です」〔犯人側は制限時間を40分としたので、それを守れなかった警察が100%悪いのに認めようとしない〕。ヨハンは、こうした下らない弁解が嫌になり、席を立って窓の外を見ている(2枚目の写真)。全員の前での謝罪が終わった後、車に戻るオストフをアンが追って行き、昨夜、警察がずっと2人を密かに監視していたと話したことに対し、それならなぜ、ボルボで現地に行った際、無線で正しい場所の指示を出さなかったのかと不満を言い、その結果導き出される結論として、「あなたの部下は私たちの監視より地域全体(犯人)の捜索を優先したんです!」と批判する。オストフは、「現場のスタッフに責任はありません」と言った上で〔スタッフは悪くないかもしれないが、犯人捜索を優先させたオストフが悪いのに、そのことは黙っている〕、連携の強化という抽象的な言葉で誤魔化す。アンは、車とお金をここに置くよう強く要求する(3枚目の写真)。この要求は求められ、ボルボとストラップ付きのナイロンバッグに入った2000万マルクの札束はリーンツマ家に持って来られる。
  
  
  

何日かは不明だが、4月3日(水)未明の失敗の後に書かれたリーンツマの手紙が届く。「1996 年 4 月 3 日水曜日。親愛なるカトリン、君たちが何をしてるのか私には分からない。昨晩〔今朝の未明と書くべき〕の引き継ぎはうまくいかなかった。誰も来なかった。雰囲気はひどく悪化した。彼らは、(拘束が)何ヶ月も続くかもしれず、私の指を切り落としやると脅している。単なる脅しではないと思う。頼む、カトリン、私を信じて助けてくれ。今すぐ。遅れないで。愛している。助けるんだ。怖くて耐えられん。ヤン・フィリップ」(1枚目の写真、矢印)〔どうして、Filim と書かないのだろう?〕。時間の経過は不明だが、ヨハンが家から少し出て、シュウェンの服を大量に届けに来たスタッフを見送っていると、後ろから 「おい」と声がかかり、振り向くと写真を撮られる。すぐにニッケルが門から飛び出してきてカメラの裏蓋を開けさせ、フィルムを取り上げる(2枚目の写真、矢印)。これを受けて、シュウェンは、「話は拡がります。避けられません。どのマスコミも沈黙していますが、彼らは情報を伝える義務を主張しており、それは理解できます」と 危機感を募らせる(3枚目の写真)〔「警察やマスコミに知らせたら リーンツマの命はない」と最初に警告されているので〕『SPIEGEL』の記事によれば、「リーンツマ事件では、犯行を知ったジャーナリスト全員が、警察と親族の要請に応じて、誘拐犯の沈黙の警告に従った。これは、連邦共和国の歴史において特異なことだ。これほど多くの編集チームが数週間もこのような大事件を知っていながら、すべてを非公開にしたことはこれまでなかった。誰もリーンツマの死に責任を負うリスクを冒したくなかったから」と書かれている。
  
  
  

その日の夜、食卓のテーブルの上を片付けていたヨハンは、上に置いてあったファイルをうっかり床に落としてしまい、拾い上げる時、3月27日(水)の朝に届いた父の写真を初めて目にする(1枚目の写真、矢印)〔以前紹介した本物の写真とは若干違っている。なぜ本物の複製を使わなかったのだろう?〕。父の顔を見たことで、ヨハンは、父と会った最後の時に渡されたウェルギリウスの 『アエネーイス』 のことを思い出す。そして、それを捨ててしまったことに罪の意識を抱いたヨハンは、ガレージを出て、すぐ前にある大きなゴミ入れの蓋を開け、中を覗く(2枚目の写真、矢印)。しかし、中には残っていなかっただけでなく、体を引き抜く際に蓋が閉まってしまい、頭をケガしてしまう。怒ったヨハンがゴミ入れを蹴飛ばしていると、その音を聞いたクリスティアン・シュナイダーがやってきて、「どうした?」と訊き、ヨハンの部屋に連れて行き、傷にスプレーをかける。ヨハンは、「捨てちゃった黄色い本を探してた」と打ち明ける(3枚目の写真)。「大事な物?」。「ヤン・フィリップは、僕にラテン語の練習をさせてて、アネアスって人の話になった」。「ウェルギリウスの 『アエネーイス』? だから、その本を探してたのか?」。「うん。ヤンはこう言ったんだ。『これを読め。イースターにはたっぷり時間がある』。だけど、僕は、『読まない』って言った。イースターに、420ページも読みたくないから」。「それを、今になって思い出したのか?」。「うん」。「読む気があるなら、明日1冊買おう」。
  
  
  

その時、電話が鳴り出す。シュナイダーはヨハンの部屋を飛び出して1階に降りて行くと、ヴェラとニッケルが電話の録音装置にスイッチを入れ、シュウェンとアンも駆けつける。そして、シュウェンが受話器を取り、「シュウェン、弁護士です。話して」と言う。しかし、相変わらず非常に聞き取りにくいので、「後半は理解できなかった。もっとはっきり話して」と言う。ニッケルは、録音した音声を分析する装置で、相手が言ったことを急いで紙に書くと、それをヴェラに渡し、ヴェラがシュウェンに見せる。そこには、「LEHRER DURSEN?」と書いてある(1枚目の写真)。そこで、シュウェンはすぐに、「ドースン先生?」と訊き返す。犯人は、「ドースン先生の障害は?」と訊く〔シュウィン本人であることを確かめる質問〕。「私のクラスの先生には障害があった」。「どんな障害?」。そのやり取りを2階から降りてきたヨハンが階段の途中で覗いている(2枚目の写真)。「彼は、私の小学校の先生じゃなかったが、片足がなかった」(3枚目の写真)。「また連絡する〔答えが間違っていたから、会話が打ち切られた?〕 。会話が終わった後、アンはシュウェンに、「先生の件はトリッキーだったわね。あなたのクラスの先生じゃなかったの?」と訊く。「ええ、彼は、ヤン・フィリップの小学校の先生で、私の先生じゃありません」と答える。「でも、あなたはそう言ったわ」。「まさか、私が? 私はぐっすり眠っていて、準備ができてなかったんです」。
  
  
  

それを聞いたアンは、寝室に戻ると、じっくり考え、思ったことを紙に書いて1階に降りてくる。そして、1階で資料を見ていたヴェラに、「次回は、私に犯人と話させて。これを準備したの」と言って、手に持った紙を見せる。そして、ヴェラの意見を聞くために、自分で書いたメモを読み上げる。「もしもし、聞こえますか? 私はアン=カトリン・シェーラーです。お金をどこに持っていくか、明確な指示が必要です。あなたの話は聞き取れません。聞こえるのは、聞き取れない叫び声だけです。こんなこと、早く終わらせたいんです。長く待つのは耐えられません。あなたには何の危険もありません。大事なことは、夫が生きて帰ってくることです。あなたの話が理解できるように、折り返し電話して下さい。私が電話に出ます。夫の具合はどうですか?」。ヴェラは検討すると言ってメモを受け取る(1枚目の写真)。このあと、アンは、恐らく夜の12時を回っているにもかかわらず、朝になったら行われるイースターエッグハントの準備のため、真っ暗な庭に出て行き、イースターエッグを隠す(2枚目の写真)。そして、朝になり(この日は4月7日(日))、ヨハンは朝食を終えると、さっそくイースターエッグハントを始める(3枚目の写真)。ヴェラとニッケルも、家族と一緒にイースターを祝うために一旦帰宅する。
  
  
  

4月11日(木)〔『SPIEGEL』による〕、犯人から1通、ヤン・フィリップから2通(アンとヨハン宛)のFAXが入る。犯人のFAXには、今夜9時に電話すると書いてある。ヤン・フィリップから2通を渡されたアンは、シュナイダーにヨハン宛のFAXを渡すよう頼む(1枚目の写真、矢印)。その後、食卓に集まったアンとシュウェンに、ヴェラが犯人からのFAXの(恐らく)一部を読み上げる。「シュウェンさん、あんたが警察に協力していると、この状況に終わりはない。俺たちは警察の心理学者と電話で話し続けるつもりはない」。アンは、即座に夫からのFAXの(恐らく)一部を読み上げる。「私が困惑しているのは、私を捕らえた者たちが警察よりもプロだということだ。日曜の夕方か夜の通話中、電話口に警官がいると簡単に特定していた。簡単だったはずの “ドースン先生” の質問を、くり返す必要があった」。それを聞いたシュウェンは、“ドースン先生” での対応の混乱を詫びるが、ヴェラとの間で言い争いになる。一方、シュナイダーはヨハンに父からのFAXを渡す。これも、その(恐らく)一部をヨハンが読み上げる。「そうすれば、世界を少しは見ることができただろう。ほらね、何かを提案する時間があるんだ。ハンブルク、ワルシャワ、クラクフ、プラハ」(2枚目の写真、矢印)。ヨハンが、「なぜ旅行なのかな?」と訊くと、「彼は監禁されている。動けない」とシュナイダーが答える。ヨハンは、その後半の「動けない」という言葉の意味を尋ねると、「君は知らないだろうが、彼は鎖につながれていて、3歩しか動けないんだ」と教える〔最初の頃の節で、“リーンツマが描いた地下室の様子” を4枚目に示したが、その中で、床のマットレスとイスの間に鎖が描いてある〕。そして、夜の9時になり、犯人から電話がかかってくる。今度は、アンが電話を取る。そして、「アン・カトリン・シェーラーです。あなたは私の夫の誘拐犯ですか?」と訊く(3枚目の写真)。「そうだ」。「私はあなたに次のことを伝えたいの。私は、最初からあなたが望んだことをすべてやったわ。私は、あなたにお金を渡したいだけ。あなたが警察官や心理学者と話したと書いたのは正しくない。あなたが話したのは私の弁護士シュウェンさんとだけよ」。「彼はそこにいるのか?」。「ええ、すぐに彼と話すことができるわ。多分、あなたは、この電話が非常に聞き取りにくいことに気づいてなのかもね」。「1時間後、ホテル・アトランティックの受付だ〔ハンブルクの都心にある5つ星ホテル/リーンツマ家の約14km東〕。「1時間後、ホテル・アトランティックね」。「受付に。名刺を渡せ」。「彼の名刺? 私の名刺?」。「シュウェン」。「シュウェンさんの…」。「名刺」。「了解」。非常にてきぱきとした対応だ。
  
  
  

アンが、すぐに、部屋に置いてあった 2000万マルクの入ったナイロンバッグを持ち上げると、ヴェラは、「お金についての言及はなかったんでしょう?」と言い、早急な判断に反対する。それでもアンが 「お金は持って行くわ」と主張すると、「なぜ? そんなに意地を張らないで。組織は私に任せてください」と邪魔をする。弁護士は、「前回は失敗したじゃないか」と、警察の失態で間に合わなかったことを指摘しても、「チームなしではうまくいきません」と言う。その主張が通ったのかどうかは分からないが、次のシーンでは、全員がガレージに入って行き、ヨハンがそれを見ている(1枚目の写真)。シュウェンが運転し、アンが助手席に乗ったボルボは、ホテル・アトランティックの前に停車し、車から降りたシュウェンはホテルの玄関に向かう(2枚目の写真)。シュウェンは、入ってすぐの受付で名刺を見せ、「電話を待ってる。知らせてくれるか?」と訊き、自分が待っている場所を示す。次の場面では、シュウェンが車に戻って来て、助手席のアンに 「イービス・ホテルで電話に出ないといけません」と報告する〔イービス・ホテルは、ホテル・アトランティックの斜め向かいにある2つ星ホテル〕。その時、それを車に取り付けた無線で聞いていたヴェラから、「シュウェンさん、電話に出る前に知らせて下さい」と注文が入る〔なぜ、知らせる必要があるのだろう?〕。窓を閉めたアンがホテル・アトランティックを見ていると、シュウェンが戻って来たので、2階のカーテンの陰からこちらを撮影している人物がいたことを知らせる。シュウェンは、アンに、電話は10分も続き、初めてのまともな会話で、話もよく聞き取れ、犯人が自分を信頼してくれたと話す。アンが 「お金の引き渡しは?」と訊くと、シュウェンは 「待って下さい」と言い、無線に向かって、「ニッケル、ヴェラ、あなたたち全員に何度も話さなくても済むように、以下のことを録音して下さい。いいですね? 犯人は、すべてがうまくいけば私の依頼人は日曜日か月曜日に帰されるだろうと言いました。『うまく』 というのは、警察がいないという意味です。彼は最初の引き渡しについて強く非難しました。彼らは待っていたのに、私たちは遅れた。そうでなければうまくいったのに」と話す。ここで、アンが、「で、お金の引き渡しは?」と、早く話すよう要求する。それに対し、シュウェンは 「私は申し出ましたが、彼らは拒否しました。彼らは私の携帯電話の番号を知っているので、私に知らせてくれるでしょう」と答える。「いつ?」。「数日以内に」。翌朝(4月12日(金))の朝食の時間に、アンは昨夜ホテルで撮影してした人物(警察)について話を蒸し返し、警察の関与を強く批判する。それに対し、シュウェンは 「警察がなぜそのような行動を続けるのかは理解できます。彼らはヤン・フィリップが解放され次第、犯人どもを逮捕したのです」と話す(3枚目の写真)。
  
  
  

このままでは埒(らち)が明かないと思ったアンは、オストフと直接談判しようと、タクシーで ハンブルクの警察本部に予約なしで向かう。オストフは会議中だったので、以前、モルゲンポストの件で協力した心理学者のブロックマンが現われてオストフが現われるまで相手をする。ようやくオストフが現われると、モルゲンポストはすぐに出て行き、2人だけになる(1枚目の写真)。アンは、「次回、警察がいたら、私は協力を拒否します。警察なし。約束して」と、要求する。オストフは、「シェーラー夫人、ここにいる全員があなたの夫の解放に尽力しています」と、如何にも心外だという表情で反論する。そこで、アンはヤン・フィリップから来た手紙を取り出して、読み上げる。「親愛なるカトリン、私はここに 14 日間います。連絡と引き渡しの試みは失敗ばかりです。14日間、密室に鎖でつながれ、まだ生きているのは幸運以外の何物でもありません。次の引き渡しの成功は あなたにかかっています。つまり、次回は警察の関与なしで行われねばなりません。私はここから出たいので、それを望みます」(2枚目の写真、矢印)。これに対し、オストフは、「いいですか、犯人たちが “警察の関与” と言っているものが私たちの仕事なのです。彼らの要求に従って 降伏すれば、勝つのは彼らです。彼らは 私たちとは違う。彼らはあなたが望むもの(夫の解放)を望んでいない。必要がなくなれば(金さえ奪えば)、約束は守らないでしょう」。ここからが、なかなか興味深い。「殺すかどうかは、彼らが受けるであろう刑罰によってのみ決まります。彼らも一生を刑務所で過ごしたくはないでしょう。だが、もしこちらに彼らに対する手がかりが何もないと知ったら、彼らは唯一人の目撃者を殺すでしょう。つまり、“警察の関与” こそが、彼らが目撃者を生かしておかなければならない最大の理由なのです」。この論理に負けたアンが外に出ると、(オストフが連絡したので)シュナイダーが車で迎えに来ている。その日の夜、シュナイダーはアンに薬(睡眠薬?)を渡しながら、「なぜ黙って行ったの? 私も一緒に行きたかった」と言う(3枚目の写真)〔シュナイダーは、ヤン・フィリップが誘拐されたとアンから聞いた時、警察幹部に通報した本人なので〕
  
  
  

4月13日(土)〔『SPIEGEL』による〕の朝、リーンツマ家に機動隊の女性警官アンケが訪れる。ヨハンは、疲れて眠っている母の寝室に行き、目を覚ました母に、アンケが来たこと、彼女がシュウェンの法律事務所で働いている職員のフリをして同行すると話す(1枚目の写真)。そのあと、どのくらいの時間が経過したかは分からないが、犯人からシュウェンの携帯に電話が入る。その会話の一部が映る。「シュウェンです」。「準備できたか?」。「ええ。同僚と私、2人です。ルクセンブルクに行って空港ホテルにチェックインしますか?〔空港はハンブルクの約510km南西にあるので(実走行距離はさらに長い)、これまでとは比較にならないほど遠い〕。電話を終えたシュウェンは、ヴェラとニッケルに、「真夜中過ぎにさらなる指示を待つ必要があります。車は私のシトロエン XM。女性警官は国境までです」と追加説明をする。ニッケルは、「国境までだけですか?」と訊く。「国境で降ろすと約束した」。今度はヴェラが、「あなたの提案、それとも犯人側の要求ですか?」と訊く。「私が提案した」。「アンケは最後まであなたと一緒にいなければなりません」。「あなたの言うことに従えば、私の依頼人の命が危険にさらされることになります。私はそんなことはしたくありません」。ニッケルは、出発に備えて、シュウェンの襟の裏に隠しマイクをセットする(2枚目の写真)。時間はお昼を過ぎ、イライラしたシュウェンは、「急いだ方がいいんじゃないか? もう午後1時10分だ! アンケはどこにいる? なぜここにいない? 聞いてるんだ! 答えたまえ!」と、ヴェラに喰ってかかる。ヴェラとニッケルはこそこそと話し合い、その中で、ニッケルは、同行者がアンケから変わったこと、理由は分からないとヴェラに伝える〔なぜ、もっと早く話さなかった?〕。ヴェラは、「予定より20分遅れていますが、600キロもありますから取り戻せます」と言う。それから、何分後かは分からないが、ようやく門のところに新しい機動隊員が現われる。ヨハンが 「来たよ」と知らせると、シュウェンは大急ぎで車に向かい、ヴェラが新しい同乗者を紹介しても無視し、「私は彼女とは行かない。あなたたちは信じられないほど素人だ!」とヴェラに怒鳴る。ヴェラも、「もうたくさんだ! あなたの役割を果たしなさい!」と怒鳴り返す。シュウェンは、「あんたたちは最低だ!」と言い捨て(3枚目は、それを聞いている3人)、仕方なく女性警官を乗せて出かける。この部分は、実際に何が起きたのか全く理解できない。①なぜ、“シュウェンの法律事務所で働いている職員のフリをする女性警官” を変更したのか? ②『SPIEGEL』の記事では、出発が遅れた理由は警官の交代ではなく、警官が身分証明書を自宅まで取りに行ったためとなっているが、警官が身分証明書を持たずに来るというのも変なので、こちらも怪しい。
  
  
  

深夜を回って4月14日(日)になって犯人から携帯に電話がかかってくる。シュウェンは直ちに出発し、トリア(Trier)近郊の高速道路64のパーキングエリアMarkusberg〔ルクセンブルク空港の北東約30km〕に向かう。リーンツマで待機しているヴェラは、警察無線で、シュウェンの後を付けている警察のカモフラージュ車からの刻々の報告を聞いている。ドイツに再入国してから、午前3時近くでシュウェン以外には誰も走っていない高速道路を、3台の似たような乗用車が追い抜いて行く(1枚目の写真)。シュウェンは、直感的に、自分が警察に監視されていると悟る。パーキングエリアに着いたシュウェンは、お金を柵から投げろという指示に従い、パーキングエリアを囲む金網のフェンスの上まで、重いバッグを持ち上げると(2枚目の写真、矢印)、反対側に落とす。そのあと、どのくらいの時間が経ったのかは分からないが、目を覚ましたヨセフが部屋から出て行くと、偶然母も部屋から出てきたので、母の部屋に入って行く〔まだ暗いので、日の出時間6時22分よりかなり前〕。そこで、犯人が身代金を回収に来なかったことを知らされる(3枚目の写真)。
  
  
  

同じ日の朝、明るくなってから、ヨハンがまた母の部屋にやって来て、「オストフさんが下に来てるよ。シュウェンはこっちに向かってて、みんな悪口を言ってる」と知らせる。「誰が?」。「警察の連中」。それを聞いたアンは、着替えて1階に降りて行く。階段の下で待っていたオストフが、「シェーラーさん」と声をかけても、アンは見向きもしない。警察の関与で2回目も失敗したことで、頭に来ているからだ。しばらくすると、シュウェンが到着する。家に入り、全員を前にしたシュウェンは、「昨夜はホテルで祝福してくれた。『よくやった』と。今朝は、誰もおらず、ドアの下には、『お金は回収されなかった』 というメモだけがあった」と話す(1枚目の写真)〔ホテルで祝福したのは、警察? もしそうなら、シュウェンは警察に付けられていたことを喜んだことになるが、それは彼の以前と以後の言動と矛盾する〕。その話を聞いたオストフは、「犯人との会話の内容を話してもらえますか?」と尋ねる(2枚目の写真)。「犯人が電話してきた時、私は寝ていた。私は名前を言った。彼は “母の名前” を言って、誰かと尋ねた」。「質問を理解したのですか?」。「聞き取りにくかったが、“母の名前” ははっきりしていた」。「それが間違いなんです。犯人が言ったのは あなたのお母さんの名前ではなく、お母さんの家政婦の名前だったのです!」(3枚目の写真)。「私は身元を証明した。犯人は、引き渡し場所への道順を教えてくれた。だから、問題はなかった」。「問題があったのです。犯人は電話の直後に会話を中断しました」。「犯人は私を柵に行かせた」。「あなたが話した男には決定権がなかった。彼は共犯者にあなたが間違った答えをしたとだけ言ったんです!」〔警察は、どうやって、犯人同士の会話を傍受したのだろう? どう考えても あり得ない〕。「パーキングに行く途中、3台の車に追い抜かれた。警察のように見えた。あなたがいつも言っているように、200人ものチームで、全員がトップクラスのプロなのに、お金の引き渡しすらできないのかね? 今になって、悪いのはすべて私のせいだと? 私には、罪を被るつもりはない」。そう言うと、シュウェンは席を立つ。アンは、すぐさまオストフに向かって、「あなたの部下はパーキングにいたのですか?」と訊き、オストフが否定せずに 「シェーラーさん…」とだけ言うと、「なぜ私たちはお互い話し合う必要があるの?」と捨て台詞を残して席を立つ。そして、クローゼットからコートを取って羽織っているシュウェンの所に行く。彼は、「もう寝ないと。疲れ果てた」と言う(4枚目の写真)。アンは、タクシーで帰るよう勧める。しかし、シュウェンが 「まだ私を信頼してる?」と訊くと、じっと顔を見るだけで何も言わない。信用を失ったと思ったシュウェンは、2重の悲しみを抱えて出て行く。そのあと、アンは、シュウェンの持ち物すべてを、引き取りに来る人用にまとめている。ヨハンが、「彼、戻って来ないの?」と訊くと、「いいえ」と答える。
  
  
  
  

家にいることに耐えられなくなったヨハンは、誰にも黙って学校に行き、一番の親友のトビアスに、父が誘拐されたことを打ち明ける(1枚目の写真)。そのあと、エルベ河畔に行き、砂浜に座ってじっと座っている(2枚目の写真)。家に帰ってきたヨハンを見て母が声をかけるが、ヨハンは無視して2階の自分の部屋に行ってしまう。心配したシュナイダーが部屋に行き、「散歩でもするか」と声をかけるが、ベッドに横になったまま、「ここにいたい」と答える。シュナイダーは、「私たちは皆、お互いを支え合わないと。勝手にいなくなっちゃダメだ」と、諭すように言うが、ヨハンは上を向いて天井をにらんでいる。「怒ってたとしても…」。「怒ってない」。「怒ってるとも。これ見て」。シュナイダーは手榴弾を取り出して見せる。「私のベッドの中で見つけた。心底怖かった」。ヨハンは、「放っておいて。疲れたんだ」と言って、反対側を向いてしまう。シュナイダーは、「こっちを見て」と言って、ヨハンの腕を引っ張って、仰向けにさせ、「君の頭の中で、何が起きてるんだ?」と訊き、ヨハンが暴れると、両手を持って抑え込む(3枚目の写真)。ヨハンは、「放してよ。ここから出てって」と冷たく言い、シュナイダーは、(怒って)すぐに出て行く。そして、アンに、「私はもう彼の助けにはなれません」と言うと、夜だというのに、すぐに立ち去ろうと車に乗ろうとするが、以前に「明日1冊買おう」と言っておきながら渡し忘れていた 『アエネーイス』 をポケットから取り出すと、アンに渡す(4枚目の写真、矢印)。彼は、結局、警察に通報するという “愚かな” ことをしただけで、何の助けにもならなかった。
  
  
  
  

ヨハンの学校にミヒャエル〔Michael Herrmann、“緑の党” の地域協議会GALのメンバー〕がやって来て、「カトリンが外で待ってる。話したいそうだ」と話かける。ヨハンが車まで行くと、母は、「ミヒャエルは古くからの友人で、政治的に活動的なソーシャルワーカーよ」と紹介し、ミヒャエルは、「ハーフェン通り(Hafenstraße)のこと知ってるか?」と訊く。ヨハンが頷くと、「ヤン・フィリップと私は、不法占拠者のために市役所と交渉したんだ」と、自己紹介する。すぐに、母が、「新しいアプローチよ。警察なしで引き渡しを試みるの。友人たちが(ヤン・フィリップからの)手紙を受け取ったの」と話す。ここで、場所が変わり、車から降りた3人は教会の中に入って行く。アーンツ牧師〔Christian Arndt、ハーフェン通りにたいする取り組みで失敗はしたがリーンツマと組んで、旧市街を守るために起きた不法占拠住宅問題を解決しようと市と戦った “赤い牧師”〕は、「昨日(4月15日(月))の午後、犯人たちから電話がありました。犯人たちは、リーンツマ氏から私の電話番号を入手したと主張し、『身代金の受け渡しの協力者に連絡してもらえないか?』と訊きました(1枚目の写真)。私は 『はい』と答えました」。牧師は、犯人たちから、リーンツマ氏から手紙が届くと言われたと話し、その手紙が今朝(4月16日(火))届いたと言って、アンに渡す。手紙の宛先はヨハンだったので、ヨハンが読む(2枚目の写真、矢印)。そこには、こう書いてあった。「以前の試みを繰り返すのは無駄だと思い、私はこれまで関与してこなかった2人の仲介者に交渉と身代金の引き渡しを依頼し、全権を与えたんだ。2人とは、ラース・クラウゼン〔Lars Clausen、家族の友人でキール(Kiel、ハンブルクの約85km北)の社会学者〕とクリスティアン・アーンツだ」〔それに、アーンツ牧師の要望で冒頭のミヒャエル・ハーマンが加わった〕。その後の状況は、『MOPO』(https://www.mopo.de/)の記載の方が分かりやすいので、そちらを引用しよう。「アン=カトリン・シェーラーはLKA (ハンブルク州刑事警察)との協力関係を打ち切った。誘拐が始まって以来、昼夜を問わず彼女の家にいた 2 人の警官は荷物をまとめて立ち去った」(3枚目の写真)。
  
  
  

アンは、オストフに電話で通告する。その最後の部分、「いいえ、構わないわ。最終決定よ」とすげなく言うと、電話をバチャンと切る。そして、ヨハンに、「あいつったら、私を責めたのよ。『警察を侮るのはやめて下さい。あなたは自らを従犯者にしているのですよ』と言って」とバカにする。そして、民間の警備会社を雇ったと打ち明ける。そして、ヨハンも車に乗せると、「これから、オストフも交えて話し合うのよ」と話す(1枚目の写真)。会合の場(レストラン)に着くと、中に入る前に、オストフが、「一言いいですか。あなたがしようとしておられることは、幾つかの点で罰せられる可能性があります。それは、扇動的であり、司法妨害であり、公共の安全性を危険にさらす行為です」と、自分の面目が潰れることを恐れて、勝手な罪状を羅列する。アンは、「私を脅迫することは許しません」とだけ答える(2枚目の写真)。その後、民間の警備会社の代表とオストフ、アンと不明の人物が向かい合って座り、ヨハンには別の場所で食事を与えられる。警備会社の代表は、「私たちが一緒に事に当たっていれば、こうした犯罪は起こらないでしょう。警察との協力は必要です。引き渡しの途中で事故や交通渋滞などが発生した場合、あなた方の助けが要るからです。しかし、あなた方と、私たちとの違いは明白です。あなた方は犯人を捕まえないといけませんが、私たちには不要です」(3枚目の写真)「警察車両2台に同行していただきます。引き渡し場所に近づいたら、近寄らないで下さい。無線、GPS、ヘリコプターはダメです」。ここで、オストフは、非常に汚いことを言う。「条件は一つ。(マスコミに対し)あなたの会社の関与については一切公表されず、すべての成功は私たちの作戦部隊の功績となります」。
  
  
  

映画には描かれていないが、この先に実際にあったことを、『MOPO』の記述に基づいて簡単に紹介しておこう。
 4月18日(木): アーンツ牧師に誘拐犯にから電話があり、中央駅の向かいにあるフュアスト・ビスマルク(Fürst Bismarck)・ホテルの受付に来るように指示される。そこで牧師は誘拐犯に、ミヒャエル・ハーマンが電話で「秘密解放委員会」のために準備した携帯の番号を教える。アーンツ牧師は、すぐに身代金を渡したいと言ったが、誘拐犯はまだ準備ができていなので 後で連絡すると答える。アーンツ牧師は、日曜の朝は礼拝があるので電話をしないよう頼む。
 4 月 23 日(火): アーンツが長い間待ち望んでいた電話がかかってきて、身代金の受け渡しは翌々日の夜だと告げられる。アーンツは、警備会社の代表に言われた通り、リーンツマが生きている証拠を見せることが引き渡しの条件だと主張する。
 4 月 24 日(水): 夜、ラース・クラウゼンとアーンツは車でヴァーブルク銀行にレンタカーで向かう。地下駐車場では銀行員が無言で身代金を手渡す。アーンツは 3,000 万マルク (犯人は、2回の失敗による遅れを理由に2000万マルクから1500万マルクと1250万スイスフランに要求額を上げた) を 2 個のスポーツバッグに入れて牧師館まで運ぶ。午後 11 時 10 分になり、アーンツが要求した “生きている証拠” が提示され、20 分後にアーンツとクラウゼンは出発する。誘拐犯はアーンツに急いで運転するよう要求したが、アーンツは、警察に止められない程度にしかスピードを出さないと言い、誘拐犯はそれを受け入れた。アーンツとクラウゼンはムンスターラント〔Münsterland、ハンブルクの南西約245km〕のサービスエリアに行く。そこの徐行標識にメッセージが書かれてある。2人は、その後、クリーフェルト〔Krefeld、上記SAの南西約100km〕のアウトバーン教会まで行き、そこで高速を降り、未舗装の道路に左折する。犯人からの要求通り、そこで、2人は(お金を残したまま)車を降り、そのまま振り返らずに次の町まで歩いて行く。
 映画では、上記のサービスエリアの場面から(1枚目の写真)。警備会社の応接室では、2人のどちらかからの連絡の内容を、アンとヨハンに伝え、2人は地図を見て、どこまでお金が運ばれているかをチェックする(2枚目の写真)。クラウゼンとアーンツは、地図には載ってないような野道に入らされ、犯人が、電話で 「止まれ!」と言ったところでレンタカーを止める。次の命令は、「車を降りて、そのまま道を歩き続けろ。振り返るな」というもの。クラウゼンは、キーを差し込んだままドアを開け、2人同時に外に出る(3枚目の写真)。そして、遠くに見える町に向かって1本道を歩いて行く。次の場面では、歩いているうちに天候が急変し、土砂降りになったので、2人は町の教会の前にある電話ボックスに逃げ込む。そして、タクシー会社に電話をかけ、迎えに来るよう依頼する(4枚目の写真)〔待ち時間は約30分〕
  
  
  
  

ここでも、実際にあったことを、『MOPO』の記述に基づいて簡単に紹介しておこう。
 4月25日(木): アーンツにとって永遠の時間のように思えたが、遂に携帯電話が鳴る。誘拐犯は身代金を受け取ったことを認め、レンタカーを誤って土手に突っ込んでしまったことを謝罪する。アーンツとクラウゼンはタクシーに乗って車まで行く。到着するとすぐ、高速道路警察のパトロール隊が現れる。警官たちは車に何が起きたのか知りたがった。しかし、犯人とは、「警察に通報する前に48時間待つと約束していた」ため、アーンツは、「情報を提供する権限がない」としか言わない。いら立った警察は75マルクの罰金を科し、立ち去る。レッカー車が堤防からレンタカーを引き揚げた後、2人はハンブルクまでその車で戻る。アーンツは携帯電話の着信音を聞き洩らすのではないかと恐れて ほとんど眠れなかった。耐えられないほど長い時間が過ぎ、午後11時55分になって、ようやく朗報が入る。リーンツマの解放が知らされたのだ。牧師は涙を流して喜ぶと、落ち着きを取り戻し牧師はハーマンに電話する。「すべてうまくいった。彼は解放された!」。
 映画では、それほど待たされた様子もなく、警備会社の応接室でヤン・フィリップの解放が知らされる(1・2枚目の写真)。家に戻った2人だが、母はすぐに荷造りを始める。ヨハンが理由を問うと、「ヤン・フィリップが解放されたら、ここには居られない。彼には、一瞬の安らぎもない。マスコミはどこにでもいるから。警備会社に連れて行ってもらわないと。ほら、荷物をまとめて」と言ってリュクサックを渡される(3枚目の写真、矢印) 。
  
  
  

荷物をまとめた後、アンとヨハンがヤン・フィリップからの電話を待っていると、ようやく電話がかかってくる(1枚目の写真)。話した内容は分からない。次のシーンでは、家の前で待ち構えていた大勢のマスコミのフラッシュを浴びながら(2枚目の写真)、2人は警備会社が差し向けた車に乗り込む。車が向かった先は病院。そこで、ヤン・フィリップは最初にアン、次にヨハンと抱き合って無事の再会を喜ぶ(3枚目の写真)。映画が終わると、その後の説明が文章で紹介される(加筆・削除した部分あり)。
・ヤン・フィリップ・リーンツマの誘拐は33日後に終った。
・解放の翌日、ライナー・オストフは警察の大成功を公表した。
・主犯のトーマス・ドラク(Thomas Drach)は1998年にブエノスアイレスで逮捕され、2001年に懲役14年6ヶ月の判決を受けた。2013年10月に釈放され、2021年に現金輸送車強盗事件によりオランダで逮捕され、2024年1月、懲役15年の刑を言い渡された。
・身代金の大部分が消えた(押収されたのはわずか5%)。
・裁判ではヨハン・シュウェンが共同原告として出廷した。
・Am kahlen ASTE は才能コンテストで優勝し、ニューヨークでのレコーディングに招待された。
・その後すぐ、彼らの最初のアルバムがリリースされた。
・ヨハン・シェーラーの同名原作(2018年)に基く。
  
  
  

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