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Testament テスタメント

アメリカ映画 (1983)

この映画が公開された1983年には、あまりにも偶然に、核爆発の映画が2本作られた。1本は1983年11月4日に公開されたこの映画、もう1本は、1983年11月20日にABCネットワークにより放送されたTV映画 『The Day After(ザ・デイ・アフター)』。公開日程が僅か2週間ちょっとしかズレていないので、2つの映画は、互いに何の影響もなく作られた。この映画が、アメリカ映画とは思えないほど、戦争よりも、それにとまどう人々の姿を深く描いているのに対し、もう一方はTV映画とは思えないほどの大作で、典型的なアメリカ映画。その内容は、下の6枚の写真でよく理解できるであろう。まず、ミサイルが発射され、敵のミサイルが落下してキノコ雲が上がり、その結果として起きる悲惨な状況を、余すところなく映像化している。そこに、恐怖はあっても、何の感動もない。

ここで、ピューリッツァー賞をはじめ、多くの功績賞を取得した有名な映画評論家、故Roger Ebertが、1983年11月4日に書いた評(https://www.rogerebert. com/reviews/testament-1983)の最初と最後を紹介しよう。「『テスタメント』は、久しぶりに涙を誘う映画であろう。私は泣いた。そして、2度目に観た時は、何が起きるか すべてを知り、それぞれのシーンを予め期待しながら観て、同じように深く感動した。しかし、2 回目の際、この映画は単に壊滅的な体験以上のもので、ある種の希望を持ったメッセージを秘めていることを よりはっきりと理解することができた。映画は、アメリカの郊外に住む家族について、核戦争後にその家族に何が起きるかを描いたものだ。SF 映画ではなく、特殊効果も使用されていない。建物が吹き飛んだり、人々が分解していく派手なシーンもない。キノコ雲も見られない。誰が戦争を始めたのかさえ分からない。そうではなく、『テスタメント』が描くのは、“行動や振る舞いの仕方” についての悲劇だ。映画は、圧倒的な大惨事に直面した時、私たちはお互いどう振る舞うべきか、価値観をどう貫くべきかを問うている」。さすがに、的確な評価だ。そして、最後は、こう締めている。「この惨状の中にあって、母親役のジェーン・アレクサンダーは愛と品位を保とうとする。彼女は子供たちを支え、困難な状況に対処して成長するのを見守り、子供たちへの夢がすべて消え去るのを見ても子供たちを慈しむ。これは素晴らしい演技であり〔ジェーン・アレクサンダーはアカデミー主演女優賞にノミネート〕、この映画の核心だ。そして、彼女がまだ実行可能なささやかな楽観主義を述べる最後のシーンは、私がこれまで見た映画の中で最も力強いシーンの一つだ」。この映画の原題 『Testament』 は、普通に訳せば “遺言” だが、もう少し深く考えれば、“(神と人との間の)誓約” と考えた方がいいであろう。ここで、オーストラリアの映画評論家Grant Watsonの評(https://fictionmachine.com/2023/01/02/ review-testa ment-1983/)の一部を引用しよう。「『テスタメント』には奇想天外な親近感があり、同時代の作品とは一線を画している。田舎という舞台設定で爆心地から地理的に遠いことが、不気味なほど静かでより潜行した黙示録を作り出している。建物の崩壊、火災の嵐、大量虐殺の場面はない。その代わりに、文明との接触はすべて失われ、孤立したハメリンの住民たちは、放射性降下物で全員がもしかして死ぬのか、それがいつになるのか、待つことしかできない。これは、世界の終わりに関して、より破壊的で派手な展開を常套手段とするアメリカのエンターテインメントにとって、特に目を引く手法のように思える」。この中で使われている 「不気味なほど静かでより潜行した黙示録」が、上記の “(神と人との間の)誓約” に相応しい。

5歳のスコッティを演じるのは、ルーカス・ハース(Lukas Haas)、1976年4月16日生まれ。『テスタメント』が映画への初出演。その後、子役時代に20ほどの映画、TV映画、TVドラマで活躍し、その間、Young Artist Awardsを3回も受賞し、ノミネートも3回されている。47歳になった現在も俳優として活躍している。これまでに、『刑事ジョン・ブック/目撃者』(1985)、『ライアン・ホワイト・ストーリー』(1989)、『旅立ちの季節』(1991)の3作を紹介した。

12歳のブラッドを演じるのは、ロジー・ハリス(Rossie Harris)、1969年3月13日生まれ。映画初出演は1977年からで、この映画はTV映画、TVドラマを含めて17本目。残念ながら受賞歴はない。現在もTVドラマを中心に活躍中。

あらすじ

2月のある朝、サンフランシスコの北北西約80キロにあるサンタ・ローザ(Santa Rosa)のさらに北にある架空の田舎町ハメリン(Hamelin)に住むウェザリー一家の様子が映される。まず、ガレージの前で、出勤前の父トムが、長男の12歳のブラッドにむかって、「世界の歴史上、お前ほど遅い少年はいないぞ。さあ、行くぞ、ブラッド、本気を出せ」と声をかける。そして、ガレージの天井からぶら下げてある自転車を降ろすと、一緒に行きたくないというブラッドを強制し、2人で自転車に乗って走り出す。走っているうちに、ブラッドの機嫌も直って笑顔になる(1枚目の写真)。そのあと、父は 「付いて来れるか?」と訊き、ブラッドが 「たぶん」と言うと、父は 「来れるとも」と言い、丘を登る坂道へと入って行く。父は 「お前ならできる」と鼓舞しながら走るが、ブラッドには急坂を自転車で登り続ける体力がまだなく、途中であきらめ、自転車から降りる(2枚目の写真)。坂道の上にはヘンリーというアマチュア無線家の家があり、ブラッドが自転車を押しながら家の前まで来ると、父は、時計を見ながら 「初めるぞ。また会おう」と言って、自らに課したスピードへの挑戦を開始する。そのあと、ウェザリーの家で、長女のメアリー・リズがピアノを弾いている短い場面が入る。
  
  

同じ日、家族で一番小さな5歳のスコッティは、こんな時間になっても2段ベッドの下段で、クマの縫いぐるみを抱き、タカラトミーの自動車運転ゲームで遊んでいる。それを見つけた母キャロルは、「5つまで数えるから 服を着なさい」と言うと(1枚目の写真)、手に犬のパペット人形をはめてカウントアップし、「5」まで行くと、スコッティは素直に寝間着を脱ぎ始める。次のシーンでは、耳にヘッドホンをはめたスコッティが朝食テーブルに座っていると、ブラッドが戻ってくる。スコッティは、幼児向きのお菓子のシリアルを人形に食べさせようとして、「遊ぶのは止めなさい」と注意される(2枚目の写真)〔こちらは、素直に止めない〕。そこに、メアリー・リズが顔を見せ、母は朝食を食べるように言うが、メアリー・リズは 「ちょっと休ませて」と断る。いつまでも食卓を1人で占領していたスコッティは、バナナを取ろうとして、ミルクの入ったカップを倒してしまう(3枚目の写真)。母は 「スコッティ!」と言い、スコッティのヘッドホンを外して両手で彼の頬を挟むが、それ以上叱るようなことはしない。
  
  
  

トムは、丘の上のヘンリーの家から、町で唯一のマイクのガソリンスタンドまで全速で飛ばして来ると、マイクに 「18分きっかりだ、マイク」と言い、「それ、いいの?」と訊かれると(1枚目の写真、矢印はマイクの息子)〔マイク役は、日系アメリカ人俳優のマコ岩松〕、「最高だね」と自慢する。「ベストタイムより30秒早い」。そこに、息子のヒロシ〔日本の名前だが、演じているのはポルトガル/ブラジル系のGerry Murillo〕が釣竿を持って走って来ると、笑顔で父に抱き着く〔笑顔が異常に過激なのは、知的障害のため。ウェザリー一家だけが、知的障害のヒロシを差別せず、優しく接するので、当然、マイクとトムも仲がいい〕。マイクは、「ヒロシ、今 トムは釣りには行けない。仕事に行かないと」と言い、トムは 「また別の日にしよう。日曜はどうだ?」と訊き、ヒロシは 「うん」と答える(2枚目の写真)。「君の父さんと同じくらい大きな魚 捕ろうな」。
  
  

ハメリン(Hamelin)の町の1年生のクラスでは、名前が同じことから、『ハメルンの笛吹』〔英語訳はPied Piper of Hamelinを劇として父兄に見せることにして、その練習が始まっている。クラスの担任は、主要な役の4人を集め、演出をするスコッティの母キャロルが生徒に説明を始める(1枚目の写真)。4人は、前口上をする少女、笛吹男、市長、そして、スコッティが演じる “足が不自由なため他の子供達に追いつけず取り残される子供” だ(2枚目の写真)。残りの生徒は、半分がネズミで、半分が連れ去られる子供達だ。因みに、舞台の裏でピアノを演奏するのはメアリー・リズ。
  
  

キャロルは家に帰ると、留守録を聞き始める。最初に入っていたのは、夫のトムからで、「やあ、今夜は遅くなる。夕食は待ってないで。実のところ、夕食はいらないんだ。ごめん」。一方。居間ではスコッティがTVで漫画を観ているが、映りが悪いのでブラッドが窓のガラスを開け、アンテナを動かしてみる。「今度はどうだ?」。スコッティは 「面白い」と答える。それは漫画のことで、映り具合ではないので、「助かるよ どういう意味だ?」と訊くと、その時、横線が入ったので、「横線〔Wrinkles〕」と答える(2枚目の写真)。“Wrinkles” は、普通は “しわ” というのに使われる単語なので、ブラッドは、「何て言った? 聞こえない」と言い、メアリー・リズに、聴いているピアノ曲のカセットを停めるよう頼むが、無視される〔彼女の方が年上〕。2つ目の留守録は、シカゴに住む姉(?)から。TVの方は、スコッティが 「横線なくなったよ」と言い、それを聞いたブラッドが 「バカなアンテナだ」と言って部屋の中に戻り、「いつになったら、みんなみたいにケーブルTVが観れるんだ」と言いながらTVの正面のソファに座る。3つ目の留守録は、「また俺だ。さっきのは無視してくれ。3時半までにここを出て、運がよけりゃ5時までに家に着く」という、夫からの前言撤回だった。4つ目の留守録は、スコッティの担任から〔劇について〕。そして、TV画面に、信号が消えた時のホワイトノイズが入る(3枚目の写真、矢印)。アンテナのせいでないと知っているブラッドは、TVを触ったり、叩いたりしてみる。
  
  
  

そのうちに、急に荒れた画面に白い紙を持った男が映り、「こちらサンフランシスコです。ニューヨーク局からの信号が途絶えました。レーダー情報によれば、ニューヨークや東海岸で核兵器が爆発したことが確認されました」(1枚目の写真)「皆さん、これは事実です。これは…」。ここで赤い画面に切り替わり、「緊急放送/警報」と表示され、「ホワイトハウスの要請で、番組を中断します。これは、国家非常事態です。緊急行動通知です」という音声だけが流れる。ブラッドは極度に心配し、その横に座ったキャロルには事態の重大性が飲み込めていない(2枚目の写真)。音声はさらに続く。「電話を使用しないように。公務用に確保する必要があります。重要な指示が続きます」。ここで、画面はアメリカ大統領の紀章に変わる。その時、電話がかかってきて、母はすぐさま受話器を取り、「トム?」と呼びかける。TVでは、「みなさん、合衆国大統領…」と言った直後に、画面が真っ黒になり、それと同時に、町の警報が鳴り始め、窓からは強烈な白い光が入り始め(3枚目の写真)、最後には、映画の画面全体が真っ白になる〔サンフランシスコに原爆が投下された。この架空の町は100キロ弱離れている。映画が水爆なら、第五福竜丸の場合、爆心から160キロ離れていて被爆した(1954年)〕
  
  
  

光が消えると、心配のあまりどうしていいのか分からない住民が、一斉に家から道路に出て来る(1枚目の写真、左端の4人はウェザリー一家)。留守録では、夫は 「運がよけりゃ5時までに」と言っていた。しかし、付近の住民が 情報を求めてアマチュア無線家ヘンリーの家に行くことを知ったキャロルは、5時15分に夫に電話をかけ、留守録に 「トム、私たちヘンリー・アルバートの所にいるわ。全員よ。来て! 待ってるわ。愛してる。愛してる」という伝言を残して、4人でヘンリーの家に行く。ヘンリーの家に上がって行く階段は、住民で溢れている(2枚目の写真)。ランプとロウソクしかない暗い家の中では、ヘンリーの奥さんが、無線機用に発電機があると近所の住民に説明する。しばらくすると、ヘンリーが現われ、あちこちと連絡を取ろうとした結果を説明する。「今のところ、シアトル、ポートランド、サクラメント、南カリフォルニアには通じません。サンフランシスコは、ベイ・エリア全体が沈黙しています。ヴァイセイリア〔Visalia、サンフランシスコとロサンゼンルスの中間の都市〕、モンタナ州の一部、テキサス州西部、この町の北側とは、今のところ通じます」。姉(?)がいるので、キャロルが 「シカゴはどうですか?」と訊くと、「今のところ、キオカック〔Keokuk、アイオワ州、イリノイ州、ミズーリ州の境にある町〕より東とは連絡が付きません」。そう答えた後で、「これは、間違いだったに違いありません。私は、ワシントンからの連絡、あるいは彼らがどこに避難したかの情報を待ち続けています。必ずあるでしょう。私たちは不自由かもしれないが、孤立し放置されたわけではありませんし、死んでもいません。今後も、ニュースが欲しい方、食料や水、その他私たちが持っている物があれば、何でも差し上げます。ローズマリーと私はずっとここにいます。昼でも夜でも」と言って住民を安心させる(3枚目の写真、ウェザリー一家)。家に戻ると、帰って来ない父を心配したブラッドとメアリー・リズが、スコッティを抱いて寝ている母のベッドまでやってくると、一緒にベッドで寝たいと頼み、4人は一緒になってその夜を過ごす。
  
  
  

翌朝、キャロルが日記のようなものを書いている。日付は2月24日〔ということは、核爆発は2月23日〕。すると、横で朝食を食べているスコッティが、「朝食なんか大嫌い」と言ったので、母が 「いつから?」と訊くと、「分からない」と言った後で、「僕のお皿、汚れてる」と言い、姉も 「私のも」と言ったので、母が調べ、タオルで拭き取る〔なぜ汚れているのか、理由が全く分からない〕。そのあと、カップのミルクを飲んだスコッティが、「ミルクの味、おかしい」と指摘し(1枚目の写真)、母は 「冷えてないから」〔冷蔵庫に入っていないから〕と、指摘を理解せずに答える〔暖房の効いた部屋の中で放置した牛乳について、「適切な条件下だと約2時間以内に冷蔵庫へ戻すことが勧められています」と、あるサイトに書かれていたので、この牛乳が腐り始めて味が変わっていた可能性はある〕。このあとのブラッドの質問は、12歳にしては失格。「放射線は牛に入らないの?」(2枚目の写真)〔①電気がこない限り牛乳は飲めないことが分かった、②そもそも牛乳など流通しなくなっている、という状況でこの質問はバカげている〕。母は、その質問は無視し、朝食テーブルの上の牛乳を片付けながら(3枚目の写真)、「粉ミルクを使うわ。あなたたちがキャンプで使ったものは、パパが全部取ってあるから」と言う。それ対しても、スコッティは 「あれも、味 おかしいよ」と指摘する〔粉ミルクは常温保存が望ましいが、開封したら消費期限は1ヶ月。キャンプは夏だろうから、開封してから半年経てば変質している〕。一方、ブラッドは、さらに 「放射線は水に入らないの?」と無意味な質問をくり返す〔広島の水道が、原爆の日にも断水せずに給水を続けたことは高く評価されている〕。この家族の会話の中に、死の灰や黒い雨を心配する言葉が全くないが、それは、この一家にそうした知識がないからかもしれないが、長男に、こんな下らない質問をさせるくらいなら、死の灰や黒い雨についても言及して欲しかった〔ところが、この映画を最後まで観ていても、この町に死の灰や黒い雨は降らない。なのに、この小さな町の死者は1300人を超える。それは、①監督が、直接の被爆地でない遠隔地での放射能汚染の最大の原因が死の灰や黒い雨であることを不勉強で知らなかったのか、②サンフランシスコで爆発した原爆もしくは水爆の放射線(ガンマ線)が強力で、それを直接浴びたことによる障害、もしくは、高度の原爆放射線を浴びたことによる造血臓器障害が大量死の原因と考えるしかない〕
  
  
  

食事中に、近くの少年ラリーが家に来て、「僕の母と父がサンフランシスコから戻るまで、ここにいていいですか?」と尋ねる(1枚目の写真、矢印)。サンフランシスコが消滅したことを昨夜聴いたキャロルは、「もちろんよ」と、同情して受け入れ、すぐにパンを勧める。その日、教会では、住民の多くが集まり、緊急の集会が開かれている(2枚目の写真)。聴衆の前にいるのは、左から牧師、職種不明の女性、警察署長の3人(3枚目の写真)。まず発言したのは牧師で、騒がしく話している住民を静かにさせ、「私たちには、すべての答えなど分かりません。でも見つけようとしています。ヘンリー・アバートは他の地域、中にはカナダとすら話をしています。答えは外にあるかもしれません」と言うが、①老人1人に頼ることを不安視する意見が出される。それに対し、署長は、「通信網が復旧することを期待しています。そうすれば、現地で何が起きているのか、把握できるでしょう」と言うが、今度は、②外のことなんかどうでも良くて、自分の店の損害を訴える利己的な意見が出され、それに対して署長は、「これ以上問題が起きたら、戒厳令を発動します」と答える。すると、③アメリカらしく、自分の身は自分で守るという、原爆とは無関係な意見が続く。それに対し、1人のまともな住民は、④外部からの援助は期待できないので、赤十字のような活動を自ら始めるべきだと言うが、⑤それに対して、署長は、これは大地震やハリケーンではないと言い、出席していた医師に意見を求める。⑥医師は、放射能の専門家ではないので、強い放射線を長時間浴びると病気になるとだけ言い、その原因となる放射能降下物(死の灰や黒い雨)についての具体的な注意〔できるだけ屋内に留まり、窓を閉めることはもちろん、窓のない部屋に移動する。上着を頭から被り、口と鼻をハンカチで覆い(体内に吸い込まない)、皮膚の露出を減らす〕は何も言わない。最後に中央の女性が、「私たちの情報源は、ボトル入りの水だけを使い、缶詰を食べることを勧めています」と言うが、⑦その意見すら、バカげていると罵倒する愚か者がいる。
  
  
  

マイクのガソリンスタンドの前には多くの車が並んでいる(1枚目の写真)。ライフルを肩に担ぎ持ったマイクは、クレジットカード払いの客は、長い列の順番が来てもさっさと追い払う。しかし、ウェザリー一家の乗った車の順番になると、マイクは急に笑顔になり、「お早う、奥さん。旦那さんは昨夜帰宅されましたか?」と訊く。キャロルは 「帰宅の途中だったわ。夫から連絡があったかもと思って、給油も兼ねて立ち寄ったの。ガソリン代は幾ら?」と尋ねる。マイクは 「大事なお客さんはタダです」と言い、そこにやってきたヒロシを見て、スコッティが 「ヒロシ!」と笑顔で呼びかける(2枚目の写真)。マイクは、無料の理由として、「昨夜、私とヒロシは、お金なんか、あまり必要ないと考えたんです」と話す。「食料と屋根がある」(3枚目の写真)「缶詰もたくさん。ガソリンがなくなったら、庭に何か植えればいい〔放射能汚染の危険性大〕。釣りにも行こうなヒロシ」〔こちらも、放射能汚染された魚を食べることになる。アメリカ人の認識はこんな程度?〕。スコッティは、「僕も、釣りに行っていい?」と訊き、ヒロシは、いつもの笑顔で頷く。一方、ブラッドは、「マイク、どうして銃なの?」と訊く。「ガソリンを売ってるからって、バカじゃない。ここに一度も来たことがない連中、ヒロシを無視したような連中なんかは追い払わないと」。キャロル:「ガソリンはいただくわ、マイク、2人が食事に来てくれるならね。埋め合わせしないと」。「奥さん、ガソリン代は、これまで毎回払ってきたじゃないか」。ここで、後ろからクラクションが鳴らされる。
  
  
  

翌2月25日の早朝。キャロルは、缶詰や乾電池がどのくらい残っているか、棚を見ている。そして、場面はその日の昼間に変わる。スーパーの前には、警官が何人も並び、中から缶詰やボトルなどが店の外に運び出され、その前に住民が一列になって並んでいる(1枚目の写真)。列の中にブラッドがいて、そこにキャロルが入ると、割り込みだと勘違いした男が、後方から文句をつける。キャロルは 「これは私の息子よ」と言うが、男は 「そんなことどうだっていい、俺は何時間も並んでるんだ」と納得しない。キャロルも負けずに 「この子もそうよ。4時間以上も。だから、ここは私の場所よ」と反論する(2枚目の写真)。ここで、用が済んだブラッドが列から離れ、家にあった不用品を回収所に持って行く。すると、乾電池が入った箱の前に立った太った同年配の不良が、こっそり乾電池をポケットに入れるのを見つけ、「見たぞ、ビルドッカー」と注意する(3枚目の写真、矢印)。「元に戻せよ」。「たかが乾電池2個じゃないか」。そう言って、戻そうとするが、ブラッドが後ろを向くと、もっとたくさん盗んでポケットに入れる。
  
  
  

そのあと、ブラッドは、自転車に乗り、ヘンリーの家に行こうと、坂道を登り始める。2日前には父に鼓舞されても途中でギブアップしたのに、今回は、直線的にではなく、傾斜を緩めるため蛇行しながらではあるが、頂上まで登りきる(1枚目の写真)。そして、さっそくヘンリーの家に入って行き、奥さんに挨拶してから無線で話し続けているヘンリーの方に歩いて行く。すると、交信している声が聞こえてくる。「それは私も聞いたよ。何が起こったか知ってる? ノバスコシア州では、ロシアが先制攻撃を仕掛けたと言ってる。テキサス西部では中国人の仕業だと言ってる。南米では、過激な解放組織だと言ってる。リマ〔ペルーの首都〕のホテル、ノヴェンバー・シックス、話せて嬉しかった」〔この映画では、誰が攻撃を仕掛けたのか、最後まで不明のまま〕。ヘッドホンを外したヘンリーは、ブラッドに 「サンタ・ローザの状況は我々よりひどい。爆風による被害もある。汚染の懸念も多い」と話すと、ジェンソン博士と市長に届けて欲しいと言い、放射能の数値を書いた紙をブラッドに渡す(2枚目の写真、矢印)。そして、「自転車で丘を登ったのか?」と訊かれると、「ええ」と言って誇らしげな顔をする(3枚目の写真)。
  
  
  

学校では、こんな状況下にあっても、あるいは、あるからこそ、予定通りに 『ハメルンの笛吹』が父兄の前で演じられる(1枚目の写真)。劇は、ネズミを追い払った笛吹が市長に1000ギルダーを要求し、市長が 「ネズミなんかいないじゃないか。お情けで1ギルダーだけやる」と言い、怒った笛吹が町の子供達を連れて行き、スコッティが演じる脚の悪い少年が取り残され(2枚目の写真)、市長が悔やみ、スコッティが、「子供たちは死んでいません。戻ってくるでしょう。ふさわしい世界になるまで、待っているのです」と言い、劇は幕を閉じる。この時は、前口上をする少女だけが病気になり、出演できなかった。
  
  

それから10日あまりが過ぎた3月8日。お向かいの若夫婦の赤ちゃんが死に、家では、メアリー・リズがこっそり野良猫に食べ物を分け与えていたことから、ブラッドとラリーに追われ、それを見たスコッティは、宝物を入れた引き出しを空にして家からいなくなる。母は、必死になってスコッティを探し、埋葬の祈りを終えた牧師によって墓地にいるスコッティの所に連れて行かれる。スコッティは墓地の外れの草むらに穴を掘り、そこに、宝物を埋めようとしていた(1枚目の写真)。母が、「何してるの?」と訊くと、「もうあげる食料がないんだ。僕、逃げ出すよ。争うの嫌いなんだ」と答える。「どこに行くの?」。「パパを見つけるよ」。「見つけたら、どうするの?」。「分かんない。教えてよ」。「また、ここに戻ってきたら?」。「それって、怖いかな?」。「今、私たちは、みんな怖いのよ」。「そんなのイヤだ」。「私もよ」。「消えてなくなるように言って」(2枚目の写真、矢印は一番大事なクマの縫いぐるみ)。「できないわ」。そして、場面は変わり、恐らく別の日、お向かいの若夫婦は、「安全な場所を見つけます」と言い残して車で町を出て行く。
  
  

ブラッドは、いつものようにヘンリーの家に行くが、彼が無線で呼びかけても返事がない(1枚目の写真)。ブラッドは、「あなたがグリーンランドと話してるって、警察署長に伝えました。彼は、自分の無線機が じき使えるようになるだろうって言ってました」と報告する。ヘンリーは、「彼の口癖だ」と言った後、妻について、「ローズマリーは近所の家を回って、何かすることはないかチェックしている。だが、今、彼女は体調が良くない。数日間、自転車に乗って彼女の代わりをやってくれんか?」と頼む。「僕、やります」。そのあと、ヘンリーは、サンタ・ローザとの無線のやり取りが途絶えたと付け加える〔架空の町ハメリンは、サンタ・ローザから50キロも離れているわけではないので、危機は迫っている〕。そのあと、ブラッドが自転車で家の並ぶ道路沿いに走る姿が映る(2枚目の写真)。そして、3月23日(少なくとも1300人が死亡したと、キャロルが日記に書いている)。教会では、原爆の翌日に比べて圧倒的に少ない人々に向かって、牧師は 病院はまだ開いているが、スタッフは最小限だと話す(3枚目の写真)。男性の1人が、ゴミ収集がなくなったと指摘すると、人手がなくてできなくなったと説明する。一方の警察署長も、人手不足を打ち明け、それでも 「秩序は維持します」と言うが、体調がすぐれず、立っていられなくなる。
  
  
  

ある日の夜、母が洗面器にポットの水を3分に1ほど入れる。そして、裸にしてベッドから運んできたスコッティのお尻を洗面器に入れる(1枚目の写真)。しばらくしてスコッティを洗面器から出してすぐ横に敷いたタオルの上に置くと、洗面器の水は濃い赤茶色になっている〔大量の血便が付いていた〕。母は、別のタオルにきれいな水をつけて汚れた下半身を拭く。スコッティは弱り、ほとんど意識がない。母は、そんなスコッティに、大好きなクマの縫いぐるみを抱かせ、タオルで包んで抱き上げるが、座っていた場所のタオルには大量の血が滲んでいる(2枚目の写真、矢印)。画面には、昔スコッティが元気だった頃に撮った8mmフィルムの映像が映る。次のシーンでは、母が、スコッティの部屋を必死になって探している。部屋から出ても、あらゆる場所を探すが、どうしても見つからない。そして、母が 「見つからないわ」と言いながら裏口から出て行った先には、タオルで包んだスコッティの遺体と、ブラッドとラリーが掘った穴がある。母は、「あのクマがないと!」と言うが(3枚目の写真、矢印)、ブラッドは 「もう時間だから始めないと」と言う。そこに、「遅れて悪かった」と牧師がやってくる。母は、「あの子のクマを見つけるまで、誰にも埋葬させないわ!」と牧師に向かって叫ぶと、家の中に探しに戻って行く。
  
  
  

次は、もっと後のシーン。夜になり、キャロルが懐中電灯を持って家の中を歩いていると、電池が切れてしまったので、裏蓋を開けて使えなくなった電池を取り出して台の上に乗せ、髪に手をやると、まとまって抜けてくる。そのあと、電池を取り出そうと、留守録を入れる装置を取り上げると、指がスイッチを押したのか、4つ目の留守録が動き出す。「また俺だ。信じられるか? 罰点2だ。結局、サンフランシスコにいることになった。誤報ばっかだった。この埋め合わせは、きっとする。子供たちにキスを。君に愛を」。この最後の伝言で、夫が帰ってこない理由が判明した。キャロルは留守録装置にキスをして、教えてくれたことに感謝する。ただ、乾電池は必需品なので、装置から取り出して懐中電灯に入れる。そのあと、別の日に、ブラッドがヘンリーの家に行くと、ローズマリーが昼間にベッドで寝ているので大丈夫かと近寄る場面がある。彼女は何とか起き上がり、メアリー・リズにピアノを教える。そして、また別の日の夜。母の日記の 「ラリーは今日、私たちの元を去った」という読み上げが入る。その直後、家の窓ガラスが割れる音がし、ブラッドが耳ざとく目覚め、すぐに懐中電灯を点けて調べに行くと、以前、乾電池を盗んだ不良が、今度は、大事な缶詰を盗んで行こうとしているのを見つけ、取っ組み合いになる(1枚目の写真、矢印は不良)。そこに母がやってきたので、不良は盗んだ物を落として窓から逃げる。しかし、2人が追ってきたので、前に停めてあったブラッドの自転車を盗んで逃げて行く(2枚目の写真、矢印)。腹を立てたブラッドは、懐中電灯から乾電池を抜き、テープレコーダーに入れ、音楽を再生する。そして、母と踊り始める。場面は、2人が踊る過去の8mm映像に変わる。翌朝、ブラッドは、ガレージを開けると、天井からぶら下げてあった父の自転車を降ろし(3枚目の写真)、亡くなった父を受け継ぎ、家長となった自分が乗ることにする。
  
  
  

そして、そのままヘンリーの家まで行くと、無線機の前に誰も座っていないので勝手に座ってみる。すると、そこに毛布で体をくるんだヘンリーが入って来て(1枚目の写真)、「私のイスに座って何しとる?」と訊く。ブラッドは、慌てて立ち上がると 「ヘンリー!」と言ってしまう〔今まで、本人に向かって、ファーストネームで呼んだことはなかった〕。「いつから 『ヘンリー』になった?」。「アバートさん」。「好きなように呼んでくれていいぞ。君は、私に新しい声を与えてくれればいい。ローズマリーはいなくなったが、私はここにいる」と言い、ブラッドを 体調の悪い自分の後継者にする。そのあと、ブラッドが自転車で町の様子を見る2度目のシーンが入るが、以前と比べて家々は汚れ、放棄されている(2枚目の写真)。ここで、母の日記の読み上げが入る。「墓地はいっぱいだ。死体は焼かれている」。そして、母が、メアリー・リズの遺体を包んだ白い布を縫っている(3枚目の写真、矢印)〔埋葬シーンはないが、裏庭のスコッティの墓の隣に埋められる〕
  
  
  

ある日、ブラッドがマイクのガソリンスタンドに行くと、店舗から黒いポリ袋に包まれた死体が運び出されている。「マイクですか?」と訊くと、トラックまで運んでいた男が頷く。ヒロシのことが心配になったブラッドがガレージの中を覗くと、そこでは、山のように積まれ食料品の缶詰の中でヒロシが遊んでいて、「ブラッド、元気?」と訊く。「いいよ」。「何してるの?」。「君を僕の家に連れてく」。「君の家に行くの?」(1枚目の写真)。「ドライブだ」。ブラッドは食料を籠に入れ、ヒロシが乗れるように三輪車の形にして家に向かう(2枚目の写真)〔このシーン、あまりにボケでいたので、DVDの特典映像の類似画像を使用したが、それでも粒子が粗い〕。そして、またしばらく時間が経ち、夜、ヘンリーの家を訪れたブラッドは、死んだヘンリーの代わりに、マイクに向かって呼びかけるが(3枚目の写真)、応答はない。
  
  
  

同じ頃、キャロルが便器に向かって吐いている姿が映る。そして、キャロルは “遺体を焼く大きな焚き火” の前まで行って立ち尽くす(1枚目の写真)。そこに、どうして居場所を知ったのかは分からないが、ブラッドが自転車でやって来ると、「ヘンリーが亡くなった」と報告する(2枚目の写真)。死体は、焚き火の所に次々と運んで来られる。あまり見ていたくないブラッドは、自転車に乗って家に向かう。それを見たキャロルは、地面に膝をつくと、「誰がやったの! 呪われなさい!」と罵ると、両手で顔を覆って泣き始める(3枚目の写真)。その時、後ろから近付いた牧師がキャロルの髪に手を当てると、誰だか気付いたキャロルは立ち上がると、牧師とキスをし、抱き着く。
  
  
  

翌日、ブラッドは、スコッティとメアリー・リズの墓に別れを告げる(1枚目の写真、右の矢印がスコッティ)。その間、母は、家具に白い布をかけてると、ガレージに行き、一枚板の扉を引っ張って閉める(2枚目の写真)。そして、扉の下の隙間に布を詰める。真っ暗な中で、ブラッドとヒロシは既に車に乗って待っている。そこに母が運転席に乗り、「準備できた?」と訊くと、返事を待たずにエンジンをかける〔一酸化炭素中毒による自殺〕。ブラッドが、「バッテリー、まだ動くね」と言うが(3枚目の写真)、これにも返事がない。そして、3度目の過去の8mm映像は、楽しかった頃の家族の光景。それを思い出した母は、「ブラッド」と声をかける。「分かってるよ、ママ」。「ブラッド、私… 私にはできない」。そう言うと、母はエンジンを切る。
  
  
  

家に戻った3人。母は、テーブルの上にロウソクを3つ置いて火を点ける。そして、ブラッドに 「プレゼントを忘れた」と言うと、ヒロシが席を立ち、スコッティが大好きだったクマの縫いぐるみを持って来る。「どこで見つけたの?」と訊いても、ヒロシは笑顔を見せるだけ。縫いぐるみを抱いた母に、ブラッドが 「これから何するの?」と訊くと(1枚目の写真、矢印)、母は 「願い事、しましょう」と言う。「何を願うの、ママ?」。「私たちが覚えていることのすべて。良いことも悪いことも。私たちが決してあきらめず、最後に生き抜いたやり方。そして、私たちが長続きし、子供たちにふさわしい存在であり続けることを」(2枚目の写真)。そのあとに映る、4度目で最後の過去の8mm映像は、夫トムの誕生日(3枚目の写真)。
  
  
  

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