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My Life So Far これが僕の子供時代

イギリス映画 (1999)

この映画は、1990年に出版されたサー・デニス・フォーマン(Sir Denis Forman、1917-2013)の自伝的な小説『Son of Adam』の中の10歳の場面を、内容を大幅に変えて映像化された。1999年に公開された映画を観たフォーマンの感想は、映画が実際の家族・親族の構成を大幅に変更していることは問題にせず、「厳格で、嫌な人間であった父アダムを滑稽な人間として描いている演出を喜んだと言われている。イギリスの高級日刊紙のThe Guardianの訃報の記事では、後年の功績の前に、「ダムフリース(Dumfries)生まれのデニスは、アダム・フォーマン(Adam Forman)牧師の6人の子供たちの中で最も反抗的な存在だった。父は英国国教会〔正しくは、エピスコパル教会〕で叙階され、後に長老派教会の牧師となったが、一方では、スコットランドにある妻の家系の領地を差配する地方紳士としての生活を送っていた。一家の雰囲気は敬虔で、毎日祈りが捧げられ、日曜日の教会への出席は義務であり、そして果てしなく長かった。回想録『Son of Adam』で語られているように、10代のフォーマンはあらゆるものを憎み、密かに拒絶していた。15歳の夏休みのある朝、父の説教をきっかけに昼食の席で予定説〔predestination、全ての出来事や個人の救済は、あらかじめ神によって決定されている〕と自由意志〔free will、人間には救いを受け入れるか拒否するかを自ら選ぶ自由がある〕についての議論が始まった。父は、「神は人々に真の選択の自由を与えてはいるが、神は全知であるがゆえに、彼らが何を選択するかを常に知っている。人間が神を驚かせることなど決してできない(Man could never surprise God)」と裁定を下し議論を終わらせた。「なら、僕から神にサプライズがあるよ(Well, I have a surprise for him)」とデニスが口を挟む。「僕は神なんか信じていない(I don't believe in him)」。その後の口論は一日中、そして翌日まで続き、最終的には収まったものの、フォーマンと父の関係は二度と元に戻らないほどの精神的なダメージを受けた」という長文が掲載されている。彼の功績に関する部分は無論もっと長いが、叙勲に関しては、「1956年にOBE〔大英帝国勲章(4等勲士)〕を受章したフォアマンは、1976年にナイトの称号を授与された」の一行で終わる。如何に、この論争に触れることが大事だったかがよく分かる。この15歳の時の論争についてもう少し詳しく書くと、父の「人間が神を驚かせることなど決してできない」の後に、デニスは、「でも、もし人間が自律的に思考し、予期せぬ答えを出すような機械を発明したとしたら、それは神を驚かせることにならないかな(But suppose man were to invent a machine that could think for itself and produce an unexpected answer, wouldn't that surprise God)?」と反論する。それに対し、父は「あり得ん。神は人間がそれを発明することをあらかじめ知っておられるからだ(No, because God would have known in advance that man was going to invent it)」と言い、デニスの無神論へとつながる。この時の、デニスの 「自律的に思考し、予期せぬ答えを出すような機械」という言葉は、特定の機械の発明ではなく、もっと、哲学的な発想の「予定調和〔物事が最初から決められた通りの順序で進み、予想された結末に落ち着くこと〕への反抗」とみなされている。そして、それが、第二次世界大戦で「神が守ってくれる(God will provide)」という父の教えに反して片脚を失う重傷を負ったことで、父から完全に離別し、英国映画協会を経てグラナダ・テレビ〔Granada Television、現在のITV〕の経営に参画する道へとデニスを進ませる。彼は、父のような「教え諭す権威(Didactic authority)」を嫌い、テレビというメディアを使って、民衆が自ら考え、驚き、既存の階級制度(神が定めたような秩序)を疑うような番組を次々と世に送り出す。その代表が、1964年に始まった「アップ・シリーズ(Up Series)」で、異なる社会的背景を持つ7歳の子供たち14人を選び、彼らの成長を7年ごとに追い続けるという内容。目的は、「7歳の時の社会階級がその後の人生を決定づけるのか?」という問いを検証しつつも、実際には個人の性格や予期せぬ運命が人生を形作っていく様子を浮き彫りにしたもので、まさに、「予定調和への反抗」だった。



あらすじ

1。

2。

3。

4。

5。

6。

7。

8。

9。

10。

11。

12。

13。

14。

15。

16。

17。

18。

19。

20。

21。

22。

23。

24。

25。

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