カナダ映画 (2018)
映画はいくつかのパートに分かれている。
① 離婚寸前の夫婦が、遠方の親戚葬儀に出席するのを利用して2人だけで今後を話し合うため、一人息子のヘンリーを辺ぴな田舎に住む妻の父ジェイコブの元に数日間預ける。よくあるパターンの筋書きだが、一家とジェイコブの接点がほとんどなく、田舎がカナダの雪原の中にあって風景が独自な上、ジェイコブを演じるカナダの名優マイケル・アイアンサイドがアメリカ映画にない雰囲気を見せる中で、ヘンリーが徐々にジェイコブを好きになっていくストーリーは、観ていて気持ちがいい〔映画の開始から30分、映画全体が85分なの全体の35%〕。
② 翌朝ヘンリーは、起きてすぐ祖父の死〔心筋梗塞?〕に向かい合う。電波が届く限界の地点から、電源が切れる寸前に、ヘンリーが父の携帯に送った留守録は、ほとんど聞き取れないメッセージとなってしまう。ヘンリーが助けを求めに行った “隣人” のディクソンは、下心があり、自分の小さな家で数日間暮らすことを勧める。この平和から異常への橋渡しの時間が約10分〔映画の開始から40分、全体の12%〕。
③ ディクソンの家に行ったヘンリーは、あとで残酷な性的捕食者だと分かるディクソンによって薬を盛られそうになるが、それに気付いて薬の入ったコップを入れ替え、ディクソンを身動きのできない妄想状態に陥らせる。ディクソンがどうなったかを見たヘンリーは、自分の身が極度の危険にさらされていると確信し、急いでジェイコブの家に戻る。異常から危機への橋渡しの時間も約10分〔映画の開始から50分、全体の12%〕。
④ この映画の独自かつ面白く、怖い部分は、全体の半分が過ぎてからようやく始まる。最初に観客を楽しませてくれるのが、『ホームアローン』と同じ、悪人に対して罠を仕掛けるシーン。ただ、大きく違うのが、その罠の内容。『ホームアローン』では、シリーズの進行に伴い、とてもあり得ないような高度かつ偶然に左右された大掛かりな罠が、面白くても不信感を買ったが、この映画の罠は、ほとんど知らない家で、ヘンリーが入手できた数少ない物を、地下室に集中して仕掛ける〔この状況には強い説得力がある〕 。ただし、これは監督、もしくは、編集の責任なのだが、(a)このシーンがあまりにも短い。前半が1分40秒、後半が2分。しかも、(b)後半の2分の中には、ディクソンが雪の林の中をジェイコブの家に向かう際、薬の影響でジェイコブが話しかけるシーンが7回60秒以上にわたって入り、後半を細切れにしてしまう。後半の中で、実際に罠を仕掛ける場面は、僅か30秒弱なので、前半、後半合わせて、たったの2分強。これでは、いくらなんでも短すぎる。
⑤ 次に、ディクソンがやってきて罠にはまる。この “はまり方” も、極めて必然的で自然。ディクソンが罠に苦しむ時間は約5分。これも、もう少し長い方が良かったのにと思わせる。『ホームアローン』との大きな違いは、片や 罠にはまる悪党は間抜けで、罠にはまっても大したケガなどしなかったのに、こちらの悪党は本物なので、ヘンリーの攻撃も、相手の死を目的としたもの。悪党は、顔に酷い火傷を負うが、体力は損なわれない〔ここまで、映画の開始から約60分、全体の12%〕。
⑥ ここから、ディクソンのヘンリーへの反撃が始まり、ヘンリーは必死になって逃げ、その途中で、ディクソンの脚、顔、手に包丁で切り傷をつける。しかし、この場面の最後に、家の構造を知らないヘンリーは、ディクソンに捕まり、肉体的・性的暴力の対象となる。ただ、そのシーンは実質僅か1分強で、その間に、ジェイコブの家に車で向かう母が夫に話す場面が6回に分けて挟まれ〔トータル約1分〕、7回あるヘンリー対ディクソンのシーンは最短1秒、最長でも18秒なので、具体的に何が起きたのか観客には分からないように作られている〔ここまで、映画の開始から約70分、全体の11%〕。
⑦ 警官がやって来たのを契機に、ヘンリーは逃げ、警官を惨殺したディクソンが追って行った先は、ジェイコブとディクソンだけが鍵を共有していた極秘の地下牢のある納屋。そこで、ディクソンとヘンリーとの間接的な血縁関係が分かり、2件の殺人が起き、ヘンリーは助かる〔ここまで、映画の開始から約82分、全体の14%〕。この地下牢に関する説明が一切ないので、映画を観たファンがいろいろな仮説を披露しているサイト「reddit」が、https://www.reddit.com/r/horror/ comments/b88sjs/spoilery_question_about_the_film_knuckleball_2018/ にある。これと、あらすじのラスト近くの3つの節に引用した、監督インタビューの ねたばれ回答と比べてみると面白い。
⑧ 映画のラスト〔全体の4%〕は、ヘンリーと両親の再会。そのラストのワンカットの意味も、監督のインタビューを読んでなければ、ただの “過度な精神的負担が生んだ錯覚” で終わってしまう。
主演の12歳のヘンリーを演じるのは、ルカ・ヴィラシス(Luca Villacis)。映画出演は、これ1本のみ。いろいろな映画評を見ても、その自然な演技は高く評価されている。右の写真は、『Channel Zero』というTVドラマ(2016)に初めて出演した時のルカ。
あらすじ
冬のカナダの田舎の1本道を1台の車が走って行く(1枚目の写真)。運転しているのはポール、助手席にいるのはメアリー、後部座席の真ん中に座っているのは12歳のヘンリー。飛行機に乗らないと行けないような遠方での葬儀に出席するため、両親は、ヘンリーを数日間預けるために、メアリーの父、ジェイコブの農場に向かっている。メアリーが、「アンビエン〔催眠薬〕とザナックス〔抗不安薬〕のビン混ぜたの? 機内で眠るのに必要なのに」と、ポールに抗議するので、フライト時間は数時間か? そして、少し後の会話で、目的に着いてすぐ、メアリーが 「そろそろ行かないと。ぎりぎり間に合うくらいよ」と言うので、旅行のスケジュールは極めてタイトだ。すると、ヘンリーが、「次で曲がるんだと思うよ」と言う(2枚目の写真)。そして、数秒後に 「もうすぐだよ」。それを聞いたメアリーは、「その通り」と言うが、ボーッとして直進しようとするポールに、「ポール、曲がって」と注意し、ポールは急いでハンドルを切る。「彼〔ヘンリー〕はここに2回しか来てなくて、覚えてるのよ」。別の道に入ると、メアリーが 「自分一人の時間が欲しかったのはあなたでしょ?」と訊き(3枚目の写真)、ポールが、「二人ともだと思ってたが」と反論する。
ジェイコブの家に着くと、まずメアリーが一人で降りて行き、玄関のドアを何度もノックするが反応がない。その間、車の中では、ポールが、ヘンリーに 「すごくないか〔Isn't that something〕? 彼女のいとこが死んで、私がそれを 君のママと二人きりの時間に変えた。君が私より快適に成長することを願っているよ」と言う。この言葉と、前節の最後の両親の会話から、葬儀は口実で、“二人きりの時間” は、不和な結婚生活を救うための最後の手段だと示唆していると、VARIETYの映画評に書かれている〔確かに、2人の間には愛情が感じられない〕。そのうち、玄関から戻り、車の数十メートル先に立っている母を見たヘンリーが 「ママ 何してるの?」と、父の注意を喚起する。ポールは、車を降りてメアリーに寄って行くと、「私が何を間違えたのか、早く聞きたいよ」と声をかける。メアリーは 「母は、私が小さい頃 癌で亡くなったって言ったの 覚えてる?」と意外なことを言う(1枚目の写真)「たぶんヘンリーと同じ年頃で、その後、私は寄宿学校に通ったとも」。「ああ」。「実は、母は癌で死んだんじゃなく、自殺したの」。「何てこった」。「父は浮気か何かしてた。何かをね、だから私、ここに戻るのが嫌なの」。そのメアリーの目線は、家ではなく、丸屋根の納屋を向いている(2枚目の写真)〔映画の最後になって、この建物に重要な意味のあることが分かる〕。話がややこしくしくなる前に、ジェイコブが前を通りかかり、メアリーは 「やあ、パパ」と声をかける。ポールが 「ジェイコブ、ちょっと心配させられたよ。忘れたんじゃないかって」と、少し批判的に言うと、ジェイコブは 「わしは忘れたりはせん」と言い、ポールはヘンリーを呼びに行く。ポールがいなくなっても、父と娘の間に会話はない。ヘンリーが、ポールに連れられてジェイコブの前まで行くと、ジェイコブは 「男の子を預けるって言ったな。ところが、どうだ、立派な大人じゃないか」と言って笑顔になる。しかし、このジョークは受けず、ポールは淡々と、携帯電話の電波状況をジェイコブに訊いたり〔携帯を持ってないので知らない〕、携帯電話を持っているかヘンリーに訊く(3枚目の写真)〔充電ケーブルを持っているか訊くべきだった〕。メアリーは、ヘンリーを預かってくれたことに感謝の言葉を述べると、早々に失礼すると言い、ポールは、ジェイコブに肩を抱かれたヘンリーに、「すぐ戻って来るよ」と言い(4枚目の写真)、去って行く。
2人だけになると、ジェイコブは、さっそく、「さあ、仕事を終わらせるぞ」と言い(1枚目の写真)〔短期滞在用のバッグも持たせたまま〕、中身を全部取っ払った古いスクールバスの所にヘンリーを連れて行く。そして、「バカが こいつを2ヶ月遅れて間違った場所に落としていった。だから、お前さんは、これをシャベルで中に放り込んでくれ」と言う(2枚目の写真、矢印はシャベル)。都会っ子のヘンリーが 「臭いよ」と文句を言うと、「肥(こや)しだから、臭いのは当たり前だ。これは仕事だ。楽しい仕事なんかない」と、問答無用。そして、「仕事にとりかかれ」とシャベルを渡す(3枚目の写真、矢印)。
しばらくすると、変な音が聞こえる。何だろうとジェイコブが見に行くと、ヘンリーが、雪でボールを作って壁に投げつけている。ジェイコブに睨まれると、「仕事、終わったから」と言う。それを聞いたジェウコブは、大きなベニヤ板を持ってきて壁に立てかけると、白いペンキで四角の標的を描き、そこに目がけて投げるよう指示する。しかし、投げた雪玉は、大きく外れる(1枚目の写真、矢印)。そこで、かつて野球の選手だったことのあるジェイコブは、昔使ったボールの入った袋を持ってくると、投げ方を指導する(2枚目の写真)。すると、何個も投げているうちに、次第に標的の枠の中、最後には中央に当たるようになる(3枚目の写真、矢印)。それで満足したジェイコブは、次の仕事を命じる。ジェイコブ本人は、足場の上に登って、屋根の修理をしている。言われた仕事を終えてヘンリーが雪の凍り付いた地面を蹴っていると、「小屋に行って、薪(まき)を取って来い」と言われる。「いくつ?」。「腕2本で運べるだけ」。
ヘンリーがいなくなると、ジェイコブは、心筋梗塞の前駆症状に襲われ、立っていられなくなって足場の上に倒れる(1枚目の写真)。一方、小屋に行ったヘンリーは、そこにいろんな物が置いてあるので、興味を引かれて触ってみる。最初に持ち上げてみたのは、燃料の入った缶、あちこち触り、最後は有刺鉄線(2枚目の写真、矢印は缶と鉄線)にも気付く〔重要〕。ヘンリーが、雪の上にしゃがみ、“死んで凍り付いた犬” を見ていると、後ろから、「薪、欲しいか?」と声がかかる。「彼がそう言ってるの聞いた」。ヘンリーは、「あんた、誰?」と訊く。「年寄りの友だちさ」(3枚目の写真)「いつも彼を助けてる。君のママと話したのも俺だ。ママさんから電話がかかってきたから。俺は向こうに住んでる。木の向こうだ」と言って、指差す。
男は、「ここを案内してあげるよ。おいで。楽しいぞ」と言い、ヘンリーも付いて行く。男が、丸屋根の納屋に向かって歩いていると、後ろから、ジェイコブが 「おい!」と声をかける。男は振り向くと、「この子を案内しようと思ったもんで」と弁解する(1枚目の写真)。ジェイコブは、最初から聞いていたのか、「薪の山はあっちだ」と、別の方向を指差す。ヘンリーが、言われた方に歩き始めるが、その後2人がどうなったか気になって振り返ると、ジェイコブが男を殴っていた(2枚目の写真)。驚いて、ヘンリーが見ていると(3枚目の写真)、ジェイコブは男を突き飛ばすように、自分の土地から追放する。そこまで見ていたヘンリーは、言われた通りに薪を集め始める。
初めて家の中に入って行くと、ジェイコブはキッチンで夕食を作っている。ヘンリーが 「あとどのくらい?」と訊くと、「それまで楽しんできたらどうだ?」と言われる。そこで、ヘンリーは、家の中の探検を始める。まず、居間に飾ってある古い写真を見たり、古いピアノに触ったりした後、ドアを開けると、そこは地下室への階段の上部だった(1枚目の写真)。次にドアを開けて入って行ったのは、洗面とトイレとバスタブのある異様に広い空間。部屋の隅に体がようやく入るくらいの四角い穴が開いていたので、どのくらい深いか見てみようと、1個だけ壁に挟んであった歯ブラシを取ると、中に落としてみる(2枚目の写真、矢印は歯ブラシ)。そのあと、別の部屋に行き、年代物のラジオを回して楽しむが、その時、丸棒貫抜でロックされたドアを見つけ、何だろうと、ロックを外して中に入ってみる。部屋の中は、少女らしい物で一杯だった。その中に、母メアリーの若い頃の写真もある(3枚目の写真、矢印)。ヘンリーが、写真立てを手に取って見ていると、いきなり、「鍵のかかったドアは勝手に入っていい所なのか? どうなんだ?」と声がして、ジェイコブが中に入って来る。ヘンリーは、「ここ、僕のママの部屋だったの?」と訊くと、「そうだ」と答える。「こんな若い頃の写真、初めて見るよ」。すると、ジェイコブは、奇妙なことを言う。「彼女はそれがなかったことにしたがる」。そして、すぐ夕食だから、1階に降りるよう命じる。
夕食の時間、ヘンリーは、「さっきの男、誰なの?」と訊く(1枚目の写真)。「家族みたいなもんだ。お前さんとは違うがな。奴は、ガキの頃からこの辺にいた。わしが助けてやった。今は、奴が手伝ってくれる。ほとんどいつも」(2枚目の写真)。「彼、今日、何か悪いことしたの?」。「いいや。奴には、注意喚起が必要なだけだ」(3枚目の写真)。食事が終わると、ジェイコブが皿を洗い、ヘンリーがタオルで皿を拭く。
すべてが終わり、2人は居間のゆったりとしたイスにそれぞれ座っている。ヘンリーは、ジェイコブが渡したグローブを左手にはめ、右手でつかんだボールを至近距離のグローブに投げて遊ぶ。それを見たジェイコブは、「スプリットフィンガーの指を見せてみろ」と言う〔ホームプレート近くで落ちる球〕。ヘンリーは、さっそく正しい方法でボールを掴む(1枚目の写真)。「次は、チャンジアップだ」〔ストレートと同じ腕の振りで投げられるスピードの遅いボール〕。親指と小指の先端がひっついていたので、正しい握り方に指導する。「カーブだ」。ヘンリーがやってみせ、ジェイコブは、「なかなかいい」と褒める(2枚目の写真)。ヘンリーは、要求されないのに、ボールを人差し指から小指までの4本の指先を曲げ、ボールの縫い目に沿わずに持って見せ〔縫い目を3本の指先を曲げて持つ場合が多い〕、「ナックルボールは、これでいい?」と訊く(3枚目の写真)〔ほとんど回転せず、打者の近くで不規則に変化する〕。ジェイコブは、「おまえさんの腕なら、そんなガラクタなんか使わんでいい。あまりに予測不可能だ」〔『ナックルボール』を映画の題名にしたのは、映画の内容が「予測不可能」だと言いたかったのか?〕。そのあと、ヘンリーは話題を変え、「ママは言ってたよ、あなたは僕たちに会いたくないんだって」と言い出す。「そんなこと言ったのか?」。「そう」。「誰もが事情を抱えてる。彼女のは、それなんだ。人生とはそういうものだ。生を得て、運が良ければ 何かを手に入れる。そのほとんどは壊れてしまう。最善を尽くして直せるものは直し、そして死ぬ」。ヘンリーの目線は、理解できない話より、棚に置いてあった中老の女性の絵に向いている(4枚目の写真、矢印)〔あとで、関係がある〕。
ヘンリーが自分の寝室で服を着替えていると、ジェイコブが入って来て、「歯ブラシ、見なかったか?」と訊く。ヘンリーは、マズイことをしたと思い、首を横に振って否定する。代わりに、グローブのボールを入れて、ジェイコブの野球好きを満足させ、「今日は、頑張ったな」と言って、頭髪にキスしてもらう。「おじいちゃん、ありがとう」。2人の関係は、やって来た時と比べ、格段に良くなっている。その声のやり取りを、すりガラスの窓の外から、昼間の男が暗い顔で見ている。ベッドに横になったヘンリーは、さっそく戦闘ゲームを始めるが、すぐに、「充電器を接続して下さい」との警告が入る(1枚目の写真)。ヘンリーはスイッチを切ると、ベッドサイドのランプを点け、持って来たバッグの中を真剣に探すが、充電器は入っていない。そこで、ヘンリーは再び携帯を手に取ると、父にメールする。「充電器忘れた。おじいちゃん僕にシャベルさせた。楽しい時間」。そして、しばらくすると、またゲームをやっている。すると、父からメールが入る。「数時間前に着陸した。明日おじいちゃんに新しい充電器を買いに連れて行ってもらえ。楽しそうで何よりだ。すぐ戻る…」(2枚目の写真)。その頃、さっき窓の外にいた男は、手に水筒(?)、何かのビン、鍋(?)などを持ち、丸屋根の納屋まで行くと(3枚目の写真)、持っていた鍵で、扉に厳重に縛り付けた鎖の錠を外し、中に入って行く。
翌朝、早く起きたヘンリーは、キッチンに行くと、卵を取り出し、フライパンに割って入れと、そこに食パンを入れて焼いた物を3枚作る。そして、それを1枚の皿に乗せると、2階に上がって行き、祖父の部屋のドアを開け〔ノックはしない〕、中に入って行く(1枚目の写真)〔おじちゃんが大好きな孫といった感じ〕。そして、「おじいちゃん」と声をかける(2枚目の写真)。しかし、返事はない。そこで、もう一度、もっと大きな声で呼んでみる。それでも身動き一つしないので、皿を棚に置くと、「さあ、起きて」と言いながら腕に触ると、冷たい(3枚目の写真)。祖父は、恐らく心筋梗塞で眠っている間に死んだのであろう。びっくりしたヘンリーは、走って自分の部屋に行くと、携帯を取り上げ、スイッチを入れると、充電要求の表示が点滅してもうすぐ切れると警告される。ヘンリーは、そんなのは無視して父の電話番号を最速で押す。不幸にして留守録になっていたので、「パパ、おじちゃん死んじゃった。今朝、様子を見に行ったら、息してなかった」(4枚目の写真)「どうしていいか分からなかったから、真っ先に電話した。パパ、お願い。どうか助けて」。そこまで話した時、バッテリー残量が0となり、通話できなくなる。
ヘンリーは、昨日の男のことを思い出し、薄い長袖のカラーシャツの上から、祖父の厚いコートをはおると〔これが重要〕、雪に覆われた屋外に出て行く(1枚目の写真)。そして、農場の先にある森に向かう。そして、すべての枝が落葉し、代わりに白い雪が付着した明るい林の中を、どこに家があるのか分からないので、あちこち見ながらゆっくり進んでいく(2枚目の写真)。すると、森を抜けたところに、1軒の家が建っている。そこで、カメラは切り替わり、家の中でノートパソコンを見ている男が映る。パソコンからは、性的虐待を受けて苦しむ女性の悲鳴が聞こえ、それを嬉しそうに見ている気持ち悪い男の顔が、画面一杯に拡大される(3枚目の写真)。その時、玄関ドアが激しく叩かれる音が聞こえる。次のシーンでは、男がドアを開けると、昨日の子供がいる。
場面は、両親が泊まっているホテルの部屋に変わる。メアリーは、「ヘンリーから電話があったなんて、聞いてないわね。留守録の内容、何だったの?」と訊く。不誠実なポールは〔普通、寝る前に何の変哲もないメールのやりとりをした翌朝、留守録が入っていたら、緊急事態だと考えるべき〕、「まだ聴いてない。ほんの2・3日じゃないか。彼にとっても、少し離れる時間が持てるのはいいことだ」と言う。祖父のことを知っているメアリーは、「聴いて」と要求する。ポールは、すぐに携帯の録音を再生する。しかし、元々、電波の具合の悪い田舎だった上に、電源が切れる寸前だったため、ヘンリーの声は途切れて良く聞こえない。「パパ、おじいちゃ… … …お願い。どう…」(1枚目の写真)。メアリーは 「すぐ電話して」と要求。ポールは、「大丈夫だって」と言いながらヘンリーに電話するが、ボイスメールになっている。そこで、「隣人に電話してみよう。彼の名前は?」とメアリーに訊く。「ディクソン」。しかし、その時には、ジェイコブの死を聞いたディクソンは、ヘンリーと一緒に家を出て行ったところだった(2枚目の写真)。だから、ディクソンの固定電話も通じない。そこで、ポールは、ジェイコブの家に一番近い町を訊き、メアリーは、Percy〔架空の地名〕だと教える。ポールは、Percyの警察に電話をかけ、誰かを派遣するとの返事をもらう。ポールが 「満足した?」と訊くと、メアリーは 「私たち、戻らないといけない」と言う(3枚目の写真)。
ジェイコブの遺体を見たディクソンは、ヘンリーに、「ここにいるべきじゃない。荷物を取って来いよ。俺の家に行こう」と言う(1枚目の写真)。次のシーンでは、2人は、ディクソンの家に入って行く。彼が部屋に入って最初にしたことは、ノートパソコンを閉じること。そして、「スープとサンドイッチを作ってあげる」と笑顔で言い、ヘンリーも頷く。ディクソンは、さらに 「飲み物はどう? コーヒーか何か」と訊くが、ヘンリーは 「両親に電話しなくちゃ」と当然の要求をする。ディクソンは、「ごめんな、嵐が始まると、電話が通じなくなる」と嘘を付く〔固定電話が通じなくなる時は、大雪時の嵐によるケーブルの切断などの特殊事情が原因で、「嵐が始まると、電話が通じなくなる」は嘘〕。ヘンリーが 「試してもいい?」と訊いても(2枚目の写真)、「通じないと言っただろ」とごまかす。これでヘンリーの心に、ディクソンに対する警戒心が生まれる。だから、ディクソンが、冷蔵庫からコーラのボトルを取り出して、「飲む?」と訊いても(3枚目の写真、矢印)、炭酸飲料を飲むなと言われていると、断る。
それでも、ディクソンは 「内緒にしとけばいい」と言って、無理矢理飲ませようと、キッチンにコップを2個用意する。そして、棚の上から青いプラスチックの容器を取ろうとして(1枚目の写真、矢印)、うっかり床に落としてしまう。音を聞いて、ヘンリーは、素早く容器に気付く(2枚目の写真)。ヘンリーが、「手伝う?」と訊くと、「いいや、そこにいて、お客なんだから」と、近寄らせない。ディクソンは、拾った容器から、錠剤を1つ取り出して、片方のコップに入れる(3枚目の写真、矢印)。それを、ヘンリーが見ている。
ディクソンは、コップを両手に持つと、錠剤を入れた方をテーブルの向こう側に起き、錠剤を入れない方は手に持ったまま、少し飲む(1枚目の写真、矢印は錠剤の入った方)。部屋の片隅にバットが立て掛けてあったので、ヘンリーが 「あなたも野球してたの?」と訊くと、「あれは、俺の防衛手段なんだ」と誤魔化し、話をジェイコブがノンプロの野球選手だったことに話題を移す。そして、ディクソンはスープを出そうと、「トマトかクリーム・オブ・マッシュルームか?」と、缶詰を2つ取り出して訊く。ヘンリーは 「トマト」と答える。ヘンリーが、奥に置いてあるノートパソコンの前に立って、「このパソコンにゲーム入ってる?」と訊くと(2枚目の写真、矢印)〔最初にヘンリーが来た時、性的虐待の映像を見ていた〕、バレたらマズいディクソンは、「それは仕事用だから、いじらないで」と釘を刺す。そして、キッチンで、プライパンを加熱し、バターとトマト・スープを入れる。その隙に、ヘンリーは2つのコップを置き換える(3枚目の写真)。その頃、ヘンリーの両親は空港に来ていたが、大雪と嵐のため、半数ほどの便に遅れが出ていた(4枚目の写真)。
スープを持って来たディクソンは、ヘンリーに確実に飲ませるため、「君と俺とで早飲み競争しよう」と言い、強制的にコップを持たせる。そして、コップをカチンと合わせると、ヘンリーがチビチビなのに、自分はゴクゴクと一気に飲み干す(1枚目の写真、矢印は減っていないヘンリーのコップ)。そして、ヘンリーの減っていないコップを指して 「最後までやり遂げるんだ」と催促し、ヘンリーも半分ほど飲む。そして、ディクソンは 「どんなゲームが好きなんだ?」と訊き、ヘンリーが幾つか答えると、「Call of Duty」〔2017年時点のCoDは、第二次世界大戦を舞台とするFPSゲームソフト〕なら圧倒的に強いと自慢する。ヘンリーが 「あなたのパソコン、仕事用じゃなかったの?」と指摘すると、「ここで遊んでるとは言ってないだろ?」と、誰でも嘘だと分かることを平気で言う〔車も持っていないのに、誰も住んでいない僻地でどうやってゲームができる〕。「君は頭のいいチビッ子だね。切れ者ってワケだ。ジェイコブさんは、君をほとんど知らなかった。そして、チビッ子の君は そんな彼を意のままに操った。彼は俺に、家に入るなと言った。家族の一員じゃないから」。こんなことを話しているうちに、腕を伸ばした時、自分が飲みほしたコップを倒してしまう。体の具合がどんどんおかしくなっていくことに気付くと(2枚目の写真)、ヘンリーに薬入りの方を飲まされたことに気付く。その時、固定電話が鳴り出す〔これで、「電話が通じなくなる」の嘘もバレる〕、ヘンリーは電話機から遠い方に座っているので、テーブルの上に置いてあったプラスチック・ケース(?)を取ると(3枚目の写真、矢印)、ディクソンに投げつけ、同時に、テーブルを押してひっくり返し、電話機のあるキッチンに突進する。しかし、すぐにディクソンはフライパンを手に取ると、電話機に叩き付けて壊し、フライパンを振り回してヘンリーにも襲い掛かる。しかし、薬がより効いてきて、ここでバランスを崩し、ディクソンは床に倒れて動けなくなる。ヘンリーは、急いでバッグを取り、靴を履き、祖父のコートを着ると、ドアを蹴り開けて外に逃げ出す(4枚目の写真)。
ヘンリーは、祖父の家に着いたが、そこからどこに行くにも交通手段が何もない。そして、薬の効果が切れたら、ディクソンは必ず襲ってくる。しかし、ヘンリーは、家の中のどこに有効な防御手段があるか全く知らない。彼が知っているのは、昨日来た時に、薪を探していて見つけた、燃料の缶、有刺鉄線、祖父が持っていたボールの入った袋くらいのもの。それでもないよりはマシなので、使えそうなものを全部持って家の中に入ってくる(1枚目の写真)。ヘンリーは、ディクソンを地下室でやっつけようと考え、地下室に降りる階段にボールを3つ並べる(2枚目の写真、矢印)。そして、その1段下に足を引っかけて倒れるよう、紐を張る(3枚目の写真、矢印)。階段の一番下には、鉄条網の塊を置く(4枚目の写真)。
さらに、3つの仕掛けが見えないよう、階段の上にある唯一の光源となる電球を回して外す(1枚目の写真)。これで、暗くなってからここにくれば、中は見えない。次にやったことは、キッチンに行き、ガラスのカップを4つ並べ、そこに、持って来た燃料を注ぎ入れる(2枚目の写真、矢印)。次に、キッチンにあった武器として、包丁を選ぶ(3枚目の写真、矢印)。最後に、ボールを入れて振り回せるように、細長いポリ網袋の中にボールを入れる(4枚目の写真、矢印)。以上が、この映画が、『ホームアローン』のホラー版と称される所以だが、『ホームアローン』 シリーズの “罠” が高度に意図的であったのに対し、こちらは、いかにも12歳の少年が、全く知らない場所で出来そうな唯一の手段ということで、より現実味が高いと評価されている。
そして、辺りが真っ暗になった頃、ディクソンがバットを持って現れる(1枚目の写真)。ヘンリーは、かつて、洗面とトイレとバスタブのある広い部屋の隅にあった四角い穴から歯ブラシを落としたことがあったが、地下室の中に二度目に入った時、そこに歯ブラシが落ちていたので、この穴が、脱出口として使えることを知っていた。ディクソンをやっつけるには、罠を仕掛けた地下室におびき寄せるしか手段はないので、そのためには、ヘンリーは地下室にいないといけない。そして、そこから逃げるには、脚立を穴の下に立てておけばいい(2枚目の写真)。この体制で待っていると、ディクソンが玄関から入って来て、「ヘンリー!」と呼びかける(3枚目の写真)。「長いこと、俺はここに入るのを許されなかったって、知ってるだろ」。
これで、ディクソンが家の中に入ったことが分かったので、後は、彼に、自分が地下室に隠れていると気付かさせればいい。そこで、ヘンリーは、歯ブラシを拾い、高い音の出る金属製の円筒容器に投げつける(1枚目の写真、左上の矢印は歯ブラシ、中央の矢印は脚立)。そして、すぐに脚立を上るが、四角の脇を越えたところで、古い脚立はバランスを崩して倒れ、さらに大きな音を立てる。ヘンリーは宙ぶらりんになるが、両腕の力だけで何とか上の階に辿り着く(2枚目の写真、矢印は四角い穴の枠、ヘンリーの頭の上には便器、左上には体重計もある)。暗い地下室に降りて行ったディクソンはボールと紐で階段を転げ落ち、有刺鉄線で細かな傷を負う(3枚目の写真)。
ディクソンが苦しむ声を聞いたヘンリーは、階段の上まで行くと、燃料の入ったガラス瓶を、全部投げつける(1枚目の写真、矢印は飛散する燃料)。そして、最後に、ボールの入った細長いポリ網袋を取り出すと、それにライターで火を点け(2枚目の写真、矢印)、下に向かって投げる。ボールの火は、床に広がった燃料を一気に燃え立たせ、燃料を浴びたディクソンは燃え上がる(3枚目の写真)。ディクソンは悲鳴を上げて床にうつ伏せに倒れると、しばらくバタついた後で動かなくなる。
ヘンリーは、ディクソンを確実に殺そうと、包丁を持って地下室に降りて行く(1枚目の写真)。そして、ディクソンのすぐ横まで行くと、待ち構えていたディクソンが、ヘンリーの脚をつかんで引き倒し(2枚目の写真、矢印は包丁)、反撃しようとしたヘンリーの包丁は床を叩いただけ。そのままだと、逆に殺されるので、ヘンリーは地下室に置いてあった容器の隙間に潜り込む(3枚目の写真)。
この直後、ディクソンに襲われたヘンリーは、持っていた包丁でディクソンの脚に切りつける(1枚目の写真)。そして、ディクソンが狭い隙間を何とか出ようとする間に、たくさんの箱の隙間に入り込み、ディクソンがやってくるのを隠れて待つ(2枚目の写真、矢印は包丁)。すると、そこに、顔に火傷を負ったディクソンが現われたので(3枚目の写真、矢印は包丁)、包丁で頬に切り付け、ひるんだところを逃げ出す。
ヘンリーは、地下室の階段を駆け上がると、1階にある食品庫まで行ってドアを閉め、中から鍵をかける。ディクソンは、鍵のかかっている部屋はここしかないので、中にいると確信し、バットでドアを叩き始める(1枚目の写真)。そして、真ん中の板が外れると、そこから手を突っ込んで鍵を外し、中に入る。窓は、そこから逃げたように開いていたが、屋根の雪の上に足跡がついていなかったので、まだ部屋の中に隠れていると判断し、一つずつ扉を開けて行き、ヘンリーを見つける(2枚目の写真)。しかし、それを覚悟していたヘンリーは、包丁ですかさずディクソンの手を壁に打ち付け(3枚目の写真)、相手が痛がっているうちに逃げ出そうとするが、ディクソンはもう一方の腕でヘンリーを捕まえる。ヘンリーは、その腕に思い切り噛みつき(4枚目の写真)、床に投げ出されるが、起き上がってドアを抜ける際、右目の上を切ってしまう〔唯一の攻撃用兵器だった包丁も失う〕。
ヘンリーは2階に駆け上がると、階段の上でディクソンが来るのを待っていて、野球のボールを何球も投げつける(1枚目の写真、矢印)。投げた球種の中には、ナックルボールもあった(2枚目の写真)。そして、最後には、残ったボールの入った袋ごとディクソンに投げつけ、祖父の部屋に逃げ込む。しかし、その部屋は、ヘンリーは気付いていなかったが、母の部屋と同じで、ドアの外側に丸棒貫抜が付いていたので、一旦中に入ってしまうと、中側からドアをロックできない。それに気付いたヘンリーがドアを開けると、そこには、バットを持った傷だらけのディクソンがいた(3枚目の写真、矢印はバット)。
ヘンリーは、とっさにベッドの下に潜り込む。ディクソンはゆっくりと部屋に入って来ると、ベッドに朝と同じ格好で横になっているジェイコブに向かって、「やあ、パパ」と声をかける(1枚目の写真)。そして、ベッドの下のヘンリーに向かって、「彼は、決してそう呼ばせてくれなかった。メアリーも知らなかったが、彼女は何かを感じ取っていたに違いない」と言う(2枚目の写真)。それだけ言うと、いきなりベッドの下に入ってきたので、ヘンリーは逃げようとするが、足を掴まれる。その先、どうなったのが気がかりだが、ここで、ジェイコブの家に向かう車の中で、メアリーがポールに向かって話す場面が挿入される。「ママはメモも何も残さなかった。父はその理由を知ってたのに、言おうとしなかった。それから数年後、父は私をキッチンに座らせてこう言ったわ。『彼女を中に入れたんだが、手に負えんかった』って。忘れるもんですか。父は、彼女が知りたがっていたことを、聞かせ、見せ、彼女はそれに夢中になったと言ったわ。そして、次に私が知ったのは、父が近所の男を野良犬みたいに引き取ったってこと。一つ捨て一つ入れる。何かが壊れたら、できることをできる範囲内でやったって感じ」(3枚目の写真)。重要な会話なのだが、“彼女” や “中” が何を指すのか、この時点では全く分からない〔このシーンは、映画の緊張感を崩すマイナス効果しかないので、意味が後から分かるような場面は、後に回すべきだった〕。
ディクソンは、自分の顔の位置まで掴み上げたヘンリーに対し、「今から、別の遊びをしよう」と言う(1枚目の写真)。そう言うと、ヘンリーがコートの下に着ていたシャツを力任せに破る(2枚目の写真)。そして、「だが、その前に、痛い目に遭わせないとな」と言うと、左の頬を思い切り殴り、ヘンリーは床にうつ伏せに倒れる(3枚目の写真)。ディクソンは、ヘンリーの体を仰向けにすると、「ヘンリー怖がるな。これはただの遊びなんだ」と声をかける(4枚目の写真)。
前節では、それぞれが数秒しかないシーンを並べてきたが、それは、2018年10月4日版の 「615 FILM」の 「Knuckleball Director Michael Peterson Discusses His Shocking New Thriller (Interview)〔『ナックルボール』の監督マイケル・ピーターソンが衝撃の新作スリラーを語る(インタビュー)〕」という記事(https:
//615film.com/knuckleball-director-michael-peterson-discusses-his-shocking
-new-thriller-interview/)の、最後に書かれた「ネタバレの質問」というところに、以下のようなことが書かれていたため。
【質問】あなたの映画で、性的捕食者が敵(かたき)役として重要な役目を果たすのは大胆な試みで、ホラー・スリラーでもあまり見られないものです。映画の中でディクソンがヘンリーに超変態的行為をする場面がありますが、このシーンについて心配されましたか? また、ジェイコブの寝室でのこのシーン、もっと不快なバージョンはありましたか?
【監督】これ以上酷くなどできません。確かに心配はしましたが、緊張感を高めるにはある程度は必要です。どれだけ見せるかを心配しました。私自身、特に見たいと思いませんし、見せている以上のものを見る必要はないと思います。だから、それを暗示する方が、より不愉快で、より巧妙でした。あのシーンを見るのは今でも辛いです。ヘンリーに申し訳ないと思います。
この監督の発言がなければ、祖父での部屋のシーンにそんな意味があるとは全く気付かなかった。確かに、1コマずつ見ると、先ほどの場面の次に、ディクソンがヘンリーに対し、何らかの性的行為を行っている短いシーンがある(1枚目の写真)。それは、ディクソンの楽しむ喘ぎ声と、ヘンリーの苦しむ声で確認できる。そして、そこに警察のジープがやって来る(2枚目の写真)。折角の “遊び” を邪魔されたディクソンは、怒ってヘンリーを床に投げ捨てると、バットを持って部屋から出て行く。そして、その後に、気を失ったヘンリーの上半身が映る(3枚目の写真)〔シャツの下部がめくれてお腹が見える。ズボンの上部が外れている〕。
意識の戻ったヘンリーは、ドアを開けようとするが、外からロックされている。そこで、窓から出ようとすると、車が停まっている。そこで、ヘンリーは窓をドンドンと叩き、「助けて!」と叫ぶ。その時、懐中電灯を持った人が車から出て来るのが見えたので、ヘンリーは、朝この部屋に来た時に持って来たパンの皿を思い出し、窓ガラスに向かって皿を投げてガラスを割る。そして、「僕、ここだよ! 助けて!」と叫ぶ。それに気付いた警官は、懐中電灯の光をヘンリーに向けて、「坊や、大丈夫?」と声をかける(1枚目の写真)。その時、ディクソンが真正面から警官に飛びかかり、地面に押し倒す。そして、警官が起き上がろうとしたところを、バットで拳銃を吹っ飛ばした後、拳銃に這って近づこうとする警官を、背後からバットで何度も叩き、雪を赤く染める(2枚目の写真、左上の矢印は血まみれのバット、中央下の矢印は警官の拳銃)。それを見て、警官に助けてもらえないと悟ったヘンリーは、割れたガラスの尖った部分を腕で下に落とすと、窓から屋根の上に出るが、雪が積もっていたので滑って、落ちそうになる(3枚目の写真)。そこを何とかこらえ、屋根伝いに祖父が作業していた足場に向かって歩いていく。だから、殺人鬼のディクソンが部屋に戻って来た時には、ヘンリーは足場の梯子を降りていた(4枚目の写真)。
ヘンリーは、丸屋根の納屋に行く(1枚目の写真)。そして、扉に縛り付けたられた鎖の錠は、“祖父のコート” に入っていた鍵の束の中から合う鍵を探し出し、扉を開けて中に入る(2枚目の写真)。納屋の奥にある地下に入る両開きの扉を開けると、ヘンリーの顔が光で浮かび上がる(3枚目の写真)。
ヘンリーが、木の階段を一歩一歩慎重に降りて行くと、正面の棚には、エロ・ビデオのカセットが並んでいる。そして、その上にはライフル銃が掛っている。もうすぐディクソンが来るにちがいないので、それに対抗しようと、ヘンリーはライフル銃を外して手にする(1枚目の写真)。しかし、弾が込めてあるかどうかは分からない。すると、突然、背後から、「ねえ、坊や」と声がしたので、びっくりして振り返る。そこには、鉄の棒で仕切られた牢のようなところに入れられた老婆がいて、「ここにいちゃいけない」と言う(2枚目の写真)。その直後、納屋の入口に到達したディクソンが、「そこから出て来い!」と大声で叫ぶ。「今すぐだ!」。一方、地下では、老婆が、「困ってるの?」と訊き、ヘンリーは何度も頷く。「それの使い方、知ってるかい?」。今度は、首を何度も横に振る。「弾は棚にある」。ヘンリーは棚においてあった弾丸を手に取る。「銃身に詰めるだけ」。「入らない」。「渡して」。ヘンリーは少し迷うが、言われた通り、銃と弾の両方を老婆に渡す。その時、ディクソンが、片足を少し引きずりながら、ゆっくり階段を降りてくる。そして、「もう、種は尽きたか?」とヘンリーに訊く。ヘンリーは黙っている。ヘンリーが老婆を見たと分かると、「なんてこった。お前は、ここの規律を破っちまった。それとも、最初から ここに来るつもりだったのかもな。お前は、ここが自分のいるべき所だと、心の奥底では、分かってたのかもしれん」と、不思議なことを言う。そして、「バットか? 拳銃か? あるいは両方か?」と言う(3枚目の写真、矢印は拳銃)〔どちらで殺そうか、という意味〕。
ディクソンは、さらに、「お前のママが俺の腹違いの姉だとしたら、お前はどうなるんだ?」と訊く。その時、ライフルを装填する音が聞こえ、ディクソンは、老婆に拳銃を向け、「ママ?」と(1枚目の写真、矢印は拳銃)、なぜ装填したのか訊く。その間も、老婆はライフルの銃身をディクソンに向けている(2枚目の写真)〔この顔は、最初の頃、ヘンリーが居間で見た、もう少し若い頃の女性と同じ〕。「ママ、銃を降ろして」。そして、ディクソンが 「今すぐ」と言うと同時に銃声が響き、ディクソンに弾が命中する(3枚目の写真)。自分が死ねことを悟ったディクソンは、老婆に拳銃を向けて撃つ(4枚目の写真)。ここで、もう一度、「615 FILM」のインタビューを紹介しよう。
【質問】あなたは映画の中で明確に示しておられませんが、ヘンリーの祖父と隣人のディクソンは、少年少女の両方をえじきにする連続性的捕食者・人殺しだというのは本当ですか?
【監督】そうです。ディクソンとディクソンのお母さんは、その種の行為から生まれた彼の「影の」家族の一員です。彼らは、メアリーやヘンリーのような、他の誰にも知られた彼の「光の」家族と同等だとは見なされていません。
【質問】映画の終わり近くで、ヘンリーは、たくさんのビデオテープのある「部屋」(あるいは地下牢)を発見します。そして、私は、これらのホラー・ホーム・ムービーには、彼らの犠牲者が映っているのだと思いますが、ヘンリーがテープの1本を再生するバージョンはありましたか?
【監督】いいえ。でも、私は あれらのテープが伝える謎やほのめかしが好きですし、取り上げられて嬉しいです。ヘンリーがディクソンのドアをノックしたとき、彼がコンピューターで何を見ていると思います? すべて、すごくグロいでしょう。私が子供の頃、ある庭を通り抜けたのですが、好奇心旺盛な子供だったので、小屋の前を通りかかって中を覗くと、ビデオテープが山積みになっていました。それが私の想像力を刺激し、いろいろなアイディアが浮かびました。今考えると、映画のセット装飾にこのイメージを取り入れたのは、そこから来たのだと思います。
ヘンリーがジェイコブの家に戻り、1階の居間のイスに放心状態で座ってグローブとボールをいじっていると(1枚目の写真、矢印はグローブ)、銃を持った警官が入ってくる(2枚目の写真)。そして、ヘンリーの存在に気付き、「怪我してる?」と訊く。ヘンリーは首を横に振る。「家の中に他に誰かいる?」。再び首を横に振る。外では、納屋から運び出された死体が運ばれている。また、警察車両の前には、ディクソンによって叩き殺された警官に白い布が被せられている(3枚目の写真)。
そこに、メアリーとポールの車が到着し、2人は予想外の大惨事に驚愕し、2人は、「ヘンリー!」と叫びながら玄関に向かって走って行く(1枚目の写真)。そして、居間に顔が腫れただけで無事な息子の姿をみて、メアリーは息子を抱き締めて 「大丈夫?」と訊き(2枚目の写真)、「大丈夫だよ」と言われると、「本当にごめんなさい」と謝る〔ポールも、今までと違い、心からヘンリーを抱き締めている〕。2人はヘンリーを両側から支えて車に向かう。車に乗ろうと振り返ったヘンリーがびっくりしてじっと見つめるのは(3枚目の写真)、足場の上に立って こっちを見ているジェイコブだった(4枚目の写真)〔ジェイコブの姿は、他の人には見えない〕。映画は、ここで終わる。ここで、三度目に、「615 FILM」のインタビューを紹介しよう。
【質問】ヘンリーの母はなぜ彼を 彼女の父に預けたのでしょうか? 彼女は、性的虐待をする親の子供として、彼女が体験したかもしれないトラウマを、遮断していたのでしょうか? それとも、彼女は、父の邪悪からは無事だったのでしょうか?
【監督】彼は娘に真実を話しました。その全てを。彼女は、それに向かい合わねばなりませんでした。彼女は立ち直ることができませんでした。彼女は彼のビデオを見つけ、彼は檻の中の女性に彼女を紹介したかもしれません。あるいは、娘のことを愛するあまり、自分のすべてを知って欲しくて、彼の歪んだ発想で、彼女にすべてを打ち明けたのかもしれません。そして、娘に対しそうすると、彼は二度と誰にも自分のそうした側面を見せまいと決め、娘との関係を断ち切ったのかもしれません。すべてはめちゃくちゃで歪んでいます。彼の娘は、かくして無傷のままでした。彼は自身の家族を守りました。部外者や影の家族とは全く違います。ジェイコブはディクソンに対しヘンリーを守っています。彼にとって直系の家族は特別で、偶像化されています。恐らくそれが、彼が自分自身を完全な怪物と見なすことを妨げているのでしょう。家族は、往々にして、自分たちの神話が崩壊するのを防ぐために、故意による無知を志向する傾向があります。
【質問】映画のラストで、農場を去る前に、ヘンリーが、祖父のジェイコブが家の修理足場の上に立っているのを見た時、彼は祖父が邪悪な男だと悟ったのでしょうか?
【監督】彼は確かにそれを悟っています。私の考えでは、観客はヘンリーと同じくらい知っていますし、そのヘンリーは賢い子供なので、いくつかの断片は間違いなくつなぎ合わせているでしょう。しかし、彼が闇の全体像を把握することは決してないでしょう。私たちは映画の中で彼が体験したことを知っています。それが彼のキャラクターに永遠に付きまとい、一部は知りながら全部を知ることはできず、10代や20代を通して、より多くのピースを組み合わせ、細部を想像しながら再生する姿が想像できます。可哀想ですが、この子にはトラウマが残るでしょう。