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Jack ジャック

アメリカ映画 (1996)

早老症、中でもハッチンソン・ギルフォード・プロジェリア症候群にかかった少年をロビン・ウィリアムズが演じる心温まるドラマ。生まれた時から家の中に閉じ込め、就学年齢になってからは、家庭教師の元で育ってきたジャックは10歳になっている。10歳でも40歳の中年男に見えるジャックが突然小学校に転入したことで、クラスは大騒動。いち早くジャックと友達となり、生涯の友となるルイスをアダム・ゾロティン(Adam Zolotin)が、グループで一番マセてひょうきんなジョージをマリオ・イェディダイア(Mario Yedidia)が演じる。この病気は、映画が作られた当時はまだ原因は不明だったが、2003年に原因遺伝子がラミンA (LMNA) 遺伝子の異常と特定された。特徴は、身体機能は健康者の4~10倍早く進行するものの、脳機能は正常に機能・成長することで、言葉を変えれば精神的には年相応の子供と同じという点。だから、ジャックは、40歳に見えても、心は10歳の子供と同じ。最初は、ジャックを気持ち悪いと敬遠した子供達も、ジャックの心に触れて40歳に見える子供を自分達の仲間として受け入れる。その暖かさが、とても清々しい。ただ、脚本のひどさに辟易させられる部分が多い点は残念だ。製作者には、この病気の患者に対する配慮が足りないのではないか。

お金持ちの大きな家に住んでいたため、世間から完全に隔離されて10歳まで育ってきたジャックは、近所の子供達から、姿の見えない怪物のように思われてきた。しかし、窓の下で自分のことをワイワイ言っている子供達を見て、無性に学校に行きたくなったジャック。長年ジャックを教えてきた家庭教師の勧めもあって近くの小学校に入ることになる。しかし、突然教室に現れたジャックに生徒達は驚き おののく。ランチ後の自由時間には誰もジャックと遊ぼうとせず、差別的な扱いを受ける。しかし、ジャックの背の高さに目を付けたルイスが、仲間とのバスケット勝負にジャックを入れ、伸張180センチのジャックが活躍したことで喝采を浴びる。ルイスは、成績が悪く、母が校長から呼び出された時、ジャックを校長に仕立てて難を逃れる。それに恩義を感じたルイスは、ジャックをツリーハウスに招待する。そこを仕切っていたのは一番小柄で一番マセたジョージ。いつでもペントハウスを買って来られることからジャックを喜んで受け入れる。動機不純ではあるが…。その後の展開の中には、如何にもロビン・ウィリアムズらしい「白けた混迷」の部分もあり、脚本も最悪ではあるが、最後の老人になってからの総代として行う高校卒業のスピーチは感動的だ。

アダム・ゾロティンは、オールバックの頭髪が似合う3枚目。翌年の『がんばれ!ビーバー』でも似たような個性を発揮している。マリオ・イェディダイアは翌年の『タオの伝説』で主役を務めた2枚目だ。この映画では「ちょい役」だが、精一杯目立っている。


あらすじ

生後間もない赤ちゃんを伴った両親を前に、2人の医者が説明をしている。主治医が「検査に時間を取って申し訳ありません。あなた方同様、私たちも予想外の早期出産に当惑しましたので」と前置きし、リン博士を紹介する。コーネル大学の乳幼児疾患の専門医だ。そして、両親は、この赤ちゃんの細胞が通常の4倍の速度で成長していると告げられる。そして、両親に分かりやすいよう、「10歳に達した時には、恐らく40歳の大人のように見えます」。プロジェリア症候群のことを知らないと、この説明を聞いただけでは、脳の発達も加速されるように受け取られかねないが、知能の発達は10歳なら10歳のレベルのままだ。そこに、この病気の一層の悲劇がある。新生児で約400万人に1人の発生率とされ、平均寿命は約13年、痛ましい病気だ。両親は、世間から隔離して育てることを決意する。それを可能にする経済状態にあるからでもある。
  

そして、ジャックは10歳になった。近所の子供達が、ジャックの家のそばの木に登って、ジャックのいる窓を伺っている。ルイスが、「ここだ、ここにいる。こんな近くなのに、まるきり知らなかった」と他の3人に教える(1枚目の写真)。ジョン・ジョン:「そんなの 信じないぞ。嘘だろ」。双眼鏡で覗きながらジョージも、「ああ、モンスターじゃない。そんなものいないさ」(2枚目の写真)。ルイス:「ホントだって。僕らと同じ年だけど、見た目は40なんだ。毛むくじゃらの怪物、映画に出てくるみたいな奴だ」。それを窓から見ているジャック。「どうして、一度も見たことないんだ?」。「オモチャなら何でも持ってるって話だ。親が何でも買ってくれる」。「同じ年なら、なぜ学校に来ない?」(3枚目の写真)。「危険なんだ。大きいから、他の子がケガする。だから、閉じ込めてある」。しかし、ジャックの方は、そんな子供達に興味津々。お陰で勉強にさっぱり熱が入らない。そんな姿を見た家庭教師は、両親に小学校への転入を強く勧める。
  
  
  

ジャックの初めての登校日。優しくて大らかな校長に連れられ5年生のクラスへ向かう。「この学校のこと、どう思うかね?」と訊かれ、「どでかくて、超クール」と答えるジャック。校長は、「そう、超クールで素晴らしい学校だよ。面白くて陽気だ。ここなら、きっと楽しい時を過せると思う。先生方も生徒達も素晴らしい。君もその仲間になるんだ」。暖かい歓迎の言葉だ。そして、いよいよ教室に入る。新入生だと聞いて、どんな子だろうと首を伸ばす子供達。ルイスもそのうちの1人だ(1枚目の写真)。そこに入って来たジャック。みんな度肝を抜かれる。ジャックは、思わず、「わぁ、パパみたいだ」と口走る(2枚目の写真)。ジョン・ジョンの「もっと、毛深いけどな」の言葉に生徒達から笑いが。マルケス先生が「みんな、ジャック・パウエル君よ」と言っても反応がない。「Hi, Jack」と言えと催促されて、ようやく「Hi, Jack」の声が小さく上がる。先生が、何か訊きたいことはと尋ねても皆黙ったまま。ジャックは一番後ろの席に座らされるが、大人の体で小学生用の机イス一体型の学習机は小さ過ぎる。無理して体を押し込めても苦しいし、荷物を取ろうと床に手を伸ばすと、重心が高いので転倒してしまう(3枚目の写真)。この点は、学校側に配慮が欠けていた。
  
  
  

ランチ後の自由時間、多くの生徒が校庭で遊んでいる。当然、違う学年の子もいる。ジャックは一人疎外され、生徒達の注視の中で、細くて狭い木製の縁の上をバランスをとりながら歩く。ルイスやジョージのグループは、「おい、あいつ こっち見てるぞ。覗いてたこと、きっと知ってるんだ」と不安そうだ(1枚目の写真)。そこに、クラスのもう1つのグループからバスケのボールが飛んでくる。「おい、俺のボール 投げ返せないのか?」。「うるさいぞ、バスケも知らないくせに」。「勝てると思うなら、勝負したらどうだ?」。その様子を嬉しそうに見ているジャック。すると背後から3年生の女の子が2人こっそり寄ってきて、1人が枝で突く(2枚目の写真)。ジャックが「やめろ」と怒ると、「あんた 怪物?」と訊く。生意気で嫌な子だ。2人は、毛むくじゃらだの、頭の毛が薄いだの批判して、また枝で突く。2人が去り、今度はバスケットのボールが転がってくる。ルイスが、「それ、投げろよ」と声をかける。女の子にメゲていたので、嬉しそうに微笑むジャック。その微笑を消したのは、もう1つのグループのボスの「待て、俺はそんなもんに触らないぞ。奴が触って汚染したからな」というひどい言葉だった(3枚目の写真)。
  
  
  

翌日のランチ後の自由時間。ジャックは、校庭に置いてある太い金属管の中に籠ってしまう。それを見たマルケス先生が心配して寄って行き、「そんな中で、何してるの?」と優しく訊く。ジャックは、好物のグミベアース〔熊の形をしたグミ〕を食べている。先生は、「赤いの1つくれない? 大好きなの」と頼む。さっそく袋を差し出すジャック(1枚目の写真)。それを見た昨日の2人組が、「マルケス先生とジャックが、木の中でキスしてる」と歌い始める。本当に性悪だ。後で、先生にみっちり叱られる。一方、コートでは、昨日の意地悪発言のボスが、ルイスに勝負を挑む。ジョン・ジョンが「今日は、ボコボコにされる気分じゃない」と言い出したので、ルイスはジャックを指差し、「じゃあ、新人を入れよう」と言い出す。相手のボスは拒否するが、ルイスは「誰を選ぼうが、僕の自由だ。何だよ、負けるのが怖いのか?」と主張。ジャックをチームに入れたルイスは、リングの下に立たせ、両手を上げているよう指示する。最初のうち、要領の分からないジャックは棒立ちになっているだけの役立たずだったが、やがて、飛び抜けて高い身長を生かしてボールを奪ったり、リングに上手に入れたり出来るようになる(2枚目の写真)。新しい彼女とデートの話に嵩じていたジョージも、仲間のルイスのチームの奮戦ぶりに声援を送る(3枚目の写真)。かくしてジャックはルイスの信任を得た。
  
  
  

午後の授業。マルケス先生は、新しい課題を出す。テーマは、大人になったら何になりたいか。提出期限は今学期の終わりだ。ジョージはさっそく、「僕、婦人科医になりたいです」と発言する。「もしそうなら、ちゃんと理由も書いてね」と訊かれ、「先生を診てみたいから」と答える。女の子に熱心なジョージらしい発想だ。先生は、「よく考えることね。成績の評価に響くわよ」と警告する(1枚目の写真)。授業が終わり、学校の外では、生徒達が一斉に散っていく。その中で、ルイスの仲間たちは、「新しいツリー・ハウスの設計図ができたぞ」。「問題は、『プレイボーイ』が1冊もないことだな」。「ジョージに新しい彼女ができたって」などと話している。今、古いツリー・ハウスがアジトなこと、その手の雑誌が欲しいこと、ジョージが “プレイボーイ” なこと、などが分かる。一方、校長は「遅いな」と、誰かを待っていたが、「ずっと待ってはおれん」と言って他の教師に一緒に中で待つことにする。ここで、ルイスとジャックが登場。「やあ、今日は最高だった」。「ありがとう、入れてくれて」。「もう1つ頼みがあるんだ」。そして、ジャックを正門から外れた場所に連れて行き、①母が校長に会いに来る〔さっき、校長が待っていたのはルイスの母だった〕、②会えば、校長は、ルイスが3年の時から宿題を提出していないことをバラしてしまう、だから、③ジャックが校長のフリをして母に会って欲しい、と頼み込む。そしてやって来た母に、嫌がるジャックを無理矢理会わせる。蓮っ葉な感じの母は、ジャックが子供だとは気付かず、べらべらとまくし立てる(2枚目の写真)。そして、去年、息子の成績が落ちたことが心配だと話す。そこでジャックは、今はルイスの態度が変わり、成績もすごく良くなったと嘘を付く。そして、「僕の意見では、学校で一番優秀な子です」と褒める。バスケに入れてくれたことへのお礼だろう。それを聞いて大喜びの母とルイス。母は、ジャックを誘おうと電話番号を書いたバーのマッチを渡して帰っていく。ルイスは、「借りができちゃったな」「ママのことゴメン。場違いなトコで恋人探しするんだ」「週末に会おう」と言い、「相棒だ」と言って、母が持ってきたチョコ・ムースの食べ残しを渡す(3枚目の写真)。ジャックは、友達が出来たことに大喜びで帰宅。その大騒ぎ振りは、ロビン・ウィリアムの下手な芝居で感動からはほど遠い。
  
  
  

週末になり、約束通りルイスが呼びに来る。家の中からは、ジャックと母が宇宙人ごっこで遊ぶ声がする。何度も呼んでようやく母が現れるのが、あまりのリアルな扮装に一瞬たじろぐルイス。「ジャックと遊びに出かけていい?」。「ミセス・パウエルよ。あなたは?」。「ルイス・デュランティ。はじめまして」(1枚目の写真)。「学校の友達。僕らの仲間でお泊まり会やるんだけど、ジャックも来ないかと思って。その… おばさんがOKすればだけど」と誘う。母にとっては、嬉しいが初めての経験だ。母が迷っていると、誘いを待っていたジャックが、荷物を持って飛び出してくる。「じゃあね、ママ」。母は、「夜更かししちゃダメよ」と声を掛けるのが精一杯。並木道を並んで自転車で走る2人(2枚目の写真)。「どのくらい速く成長するんだ?」。「君より4倍速い」。「猫みたいだな」。「20になったら、すごーい年寄りになっちゃう」。「だけど、最初の20年が華だって話だぞ」。ツリー・ハウスに入るには、仲間の承認が必要だった。そこで、ジャックを待たせておき、ルイスは途中でジャックに買わせた『ペントハウス』を隠し持って仲間の前に現れる。「やあ、ジャック連れて来た。すぐ下にいる」。事前の根回しがないので、当然 反対が出る。「あの怪物 連れて来たんか?」。「怪物じゃない」。「お前が そう言ったんだぞ」。「間違ってた。忘れろよ。あいつはクールだ。バスケも上手いし、頼み事も聞いてくれた」。ここで、切り札を出す。「ここに来る途中で あいつが仕入れたんだぞ」と『ペントハウス』を見せびらかす(3枚目の写真)。「店に真っ直ぐ入ってって、手に入れたんだ。びびりもせずな。あいつは男だ」。そして、「ジャックはクールだ。あいつも仲間にして遊ぼう」「もし、あいつが来ないと、『ペントハウス』も行っちゃうぞ」。かくして、ジャックは仲間に迎え入れられた
  
  
  

ジャックが部屋に上がってくると、子供2人分の重さがあるので 建造後4年のツリー・ハウス全体が軋む。壊れないと分かると、子供達の興味は『ペントハウス』に移る。「なぁジャック、これホントに買ったんか?」。「ああ、いつも買ってる」と嘘をつく。「じゃあ、『ハスラー』も買える?」。「もし、欲しいんなら」。「『スワンク』は?」。「ああ、それもだし、大人だけが読める奴は全部さ」。「それで、買う時 トラブらない? つまり、身分証明書 出せとか」。「1日ひげ剃らなきゃ、50歳に見えるから」。「なぁジャック、僕も『ペントハウス』見ていい」。「ご自由に(Knock yourself out)」。ルイスから雑誌を受け取り、大喜びで見始めるジョージ(1枚目の写真)。ジャックが「みんな、一晩中何するんだい?」と訊くと、ジョージが「何でも好きなこと」と言った後に、「なぁジャック、あれ、たったことある?」と訊く(2枚目の写真)。何のことか分からないジャックに、「勃起だよ」と言い直すが、それでも理解出来ないジャックは、「まだだ。クリスマスにもらえるんじゃないかな」とトンチンカンな返事をして笑われる。その後は、屁こき大会。ジャックがこいた大きな屁を缶に入れて蓋をし、それを嗅いだジョージが卒倒するフリをする(3枚目の写真)。たわいもない遊びだが、ジャックが子供達に100%受け入れられたことがよく分かる。
  
  
  

クラスの集合写真を撮る頃には、ジャックの周りには仲間が座り、すごくいい雰囲気になっている(1枚目の写真)。ジャックの右がルイス。その上がジョージだ。しかし、ジャックには別の悩みも出てきた。最近、髪がよく抜け、生え際が後退してきたのだ。大人になったら何になりたいかの発表会で女の子が、「大人になったら、28歳で結婚するつもりです。もっと前に結婚すると、 離婚する率が高いからです。ですから、20代後半まで待てば、28歳以上の夫と 永く幸せに暮らせると思います」と、読み上げている。ずい分、夢のない内容だが、ジャックはノートに、「28歳×4=128歳」と書いている。28歳までは絶対生きられない、という悲しい現実を前に、「大人になったら何になりたいか」と自問する。「生きていたい」と呟くジャック。叶わぬ夢だ。授業が終わり、ルイスが、にこやかに声をかけても(2枚目の写真)、何となく元気がない。「行くぞ」に対し、「マルケス先生に訊きたいことがあるんだ」と断る。「一緒にいて欲しいか?」。「階段の下で待ってて」。「頑張れよ、色男」。全員いなくなると、ジャックは先生のそばに行き、苦労して集めたグミベアースの赤だけ1袋を渡す(3枚目の写真)。ジャックの優しさに感動する先生。しかし、その後にジャックが口にした言葉は、意外なものだった。「考えてたんだけど、もし時間が空いてたら、一緒にダンスに行きません?」。先生は、まず、「私は、年上のおばさんよ」と断る。しかし、ジャックが「同じ年の女の子とは行けないよ。僕、すごく老けてるから」と言うと、最後は、「あなたは生徒、あたしは先生なの」ときっぱり拒否。ジャックがこんなことを言い出したのは、大人になるまで生きるのが困難なので、死ぬ前に一度くらい女性と踊ってみたかったのかもしれない。
  
  
  

望みの絶たれたジャックは、泣きながら教室を出るが、階段の所で心臓発作を起こし、踊り場に転がり落ちる。その音を聞いたルイスが駆けつけ(1枚目の写真)、大声で助けを呼ぶ。病院に搬送されたジャックだったが、原因は、器質的なものではなく、極度の緊張で心臓に過度の負荷がかかった結果だった。帰宅したジャックに、母は学校をやめろと迫り、行きたいと言うジャックの間で喧嘩になる。その後で、ジャックは、以前ルイスの母にもらったマッチを取り出し、バーに向かう。中年男にしか見えないので、誰からも文句は出ない。そのうちにルイスの母が現れ、ジャックを見つけると、誘って一緒に踊る。これでジャックの夢は叶ったことになる。踊っている時のジャックは結構楽しそうだ(2枚目の写真)。その後、ルイスの母に車で家まで送ってもらい、別れ際にキスまでする(3枚目の写真)。写真で顔に斑点があるのは、窓ガラスの雨粒のせいだ。さて、このシーンがよく理解できない。ジャックはなぜバーに行くことにしたのか? 先生に拒否されたので、ルイスの母に先生の代わりを求めたのか? それなら十分に満足したハズだったが…
  
  
  

…何故か、この自発的な夜間外出の後、ジャックは2週間半、部屋に閉じ籠もって学校に行こうとしなくなる。なぜ、登校を拒否するのか、全く説明がつかない。こういう意味不明の部分があると、映画の勢いが削がれてしまう。さて、家の前では、ルイスをはじめとするグループの仲間が、ジャックに会おうと集まっている。そこに家庭教師が母に呼ばれて入って行く(1枚目の写真)。友達同然の教師に対しても、ジャックは気が滅入ったままで、勉強も放棄してしまう。「なぜ、もう教えて欲しくないんだい?」。「なぜ、絶対使わないようなモン、覚えなくちゃならないのさ?」。答えにくい反論だ。教師は、別れ際に、「君は、満天の星の中で唯一の流れ星だ。すぐに消えてしまうが、見えている間は、空全体が輝く」と言う。ジャックを流れ星に喩えているが、限りなく拙い対比だ。「輝く」部分はいいが、「消える=死ぬ」というのは最悪の表現だ。これでは、ジャックの気を滅入らせるだけだ。それにしても、こうしたことと、登校拒否、そして、友達と遊ぶのをやめてしまったことが、なぜ結びつくのか? 全く理解できない。その後、ルイスがジャックの部屋を見上げ(2枚目の写真)、ある作戦を思いつき、学校の生徒の多くをジャックの家に行かせ、「遊ぼうよ」と言わせる過度に出来過ぎたシーン(3枚目の写真)がある。この派手なシーンを生み出すために、意図的にジャックに半ストを起こさせたとしか思えない。作為的で、しかも、非論理的な脚本だ。
  
  
  

大人になったら何になりたいかの発表会で、「ルイスがジャックを褒める作文を読んでいる時に、改心したジャックに教室に入らせる」、というのも、ワザとらしくて好きになれないシーンだ。ルイスが作文をあらかた読み終えた頃、廊下を歩く音が聞こえ、待望のジャックが入ってくる(1枚目の写真)。みんなに大歓迎されて(2枚目の写真)、席に着く。ルイスが作文の最後の部分を読み上げる。「ジャックは、どうすれば最高の仲間になれるか知ってます。大人の顔した誰よりも。僕には、大人になったら何になりたいか、まだ分かりません。でも、どんな風になりたいか? 僕は、巨大で、大した奴、親友のジャックにようになりたいと思います」(3枚目の写真)。感動的な作文ではある。しかし、よく考えると、「大人になったら→ジャックのようになりたい」という構図には大きな矛盾がある。それは、ジャックがまだ10歳の子供だからだ。20歳になったルイスが、10歳の子供の、どの部分になりたいのか? こう考えると、一見、感動的な作文の落とし穴がはっきりとしてくる。この映画が、難病の子供をテーマとし、あのフランシス・フォード・コッポラが監督しているにも関わらず、IMDbが47388票で5.8と低空飛行、Rotten Tomatoesに至っては17%と最低に近い評価しか受けていない理由は、こうした脚本上のあざとさにある。
  
  
  

7年後、高校の卒業式のシーン。卒業生総代に選ばれたジャックがスピーチを行う。最後の部分。かつて家庭教師に聞いて苦い想いをした喩えを、別の表現で述べる。「もし、悩んだら、夏の空に目をやるんだ。流れ星が闇を貫き、明るく輝いたら、願いをかけて、僕を想い出せ。そして、人生を輝かせるんだ。僕がしたように」。この部分だけは 感動的だ。
  

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